映画レヴュー

『カリートの道』のラストは、ヒヤヒヤドキドキとは違う緊張感だった。

アル・パチーノは男気も色気もある役者だ。てっきりヤクザ稼業からすっかり足洗って、『セント・オブ・ウーマン』の退役軍人に宗旨替えしたのだと思っていたら、この映画の方が後で、頑固一徹の軍人からムショ帰りのヤクザに舞い戻っていた。しかし、こうい…

『スリーピー・ホロウ』は、首ちょん切りシーンこそが映画そのものの映画だったが・・・。

『北野座頭市』の映画評で、いくらチャンバラ映画だといっても、首をちょん切るのはちょっと時期的にマズイんじゃないかと書いたのだが、この映画でも、ちょん切りまくっていた。ほとんど首ちょん切りシーンこそが、この映画の真髄だった。ま、1999年の…

『エド・ウッド』は、感動作でも、お涙頂戴話でもないのだが、なんとなく、けなしにくい。

この映画もジョニー・デップだ。ゲップが出そうになるくらいデップにどっぷりはまったものだ。ジョニー・デップの映画は、『デッドマン』も、『ラスベガスをやっつけろ』も、『ショコラ』も、けちょんけちょんにけなしたのだが、この映画と『エドワード・シ…

『GO!GO!L.A.』は、ボケキャラふたりの勝利だ。

こういうお気楽映画は好きだなぁ。独特のバカっぽい空気感は、監督とか脚本家の手柄も多少はあるのだろうが、ヴィンセント・ギャロとジュリー・デルピーのボケキャラの勝利だ。2人ともなんともクールだった。 主人公の純朴な英国青年役のデヴィッド・テナン…

『ギャング・オブ・ニューヨーク』は、ニューヨークの暗部というか恥部をさらけ出した映画だ。

ニューヨークの暗部というか恥部をさらけ出した映画だった。といっても140~150年前の話だから、アメリカも、ヨーロッパも、まだまだ市民社会が成熟していなくて、街のチンピラも、政治家も、新聞社も、資本家も、騎兵隊も、勝手気ままに、やりたい放…

『座頭市』は、血糊べっとり、血しぶきどばっ、の殺陣だけ映画だった。

この映画、ある意味ではTV向きかも知れない。何しろぶちぶち切り刻んでも、シーンの順番を入れ替えても、大勢に影響がないような大雑把なつくりだ。スリルなし、サスペンスなし、お涙なし、濡れ場なし、ロマンスなし、葛藤なし、緊張感なし、お笑いさほど…

『ギター弾きの恋』は、もう30分長かったら、後半のエピソードもう少し丁寧に撮っていたかも知れない。

まず最初に、この映画は邦題がおかしい。『ギター弾きの恋』といったら、「セロ弾きのゴーシュ」みたいな村の純朴な青年と村娘との淡い初恋話かと勘違いするじゃないか。ところが、どっこい、 この映画の主人公は、見栄っ張りで、女好き、酒好き、賭けビリヤ…

『21グラム』は、話の筋が分からないのが、面白みのひとつだと監督が考えているのだろうか?

当時はこういう編集の仕方が流行っていたのかも知れないが、この映画でも、3つの話が平行して出て来て、しかも、話の順番も、それぞれの時間軸も、ぐちゃぐちゃにしてあるから、話を繋ぎ合わすのに難儀した。最後まで観ないとそれまでのシーンが何だったの…

『華氏911』の有名なブッシュの7分間のシーンは、確かに圧巻だった。

911の悲劇は、アメリカ人にとって正に青天の霹靂「一体、何が起こったんだ!?」状態だったろうから、アメリカ中が総愛国主義者になって、一時は国中星条旗だらけになってしまったのも仕方がない。愛国心の高揚のために、あらゆる場面で国家が歌われ、国…

『ビッグ・フィッシュ』は、『魚がホラ吹く日』とかの副題をつけた方がよかったかも。

ホラーはキライだが、こういうホラ話は好きだ。映画のタイトルが『ビッグ・フィシュ』というくらいだから、ホラ吹き親父の話にどんどん尾ヒレがついたのは仕方がないのじゃないかと思うのだが・・・。 堅物の息子は、ガキの頃からさんざん聞かされた親父のホ…

『惑星ソラリス』は、空想科学小説の空想の方に思いきり比重が掛かっている感じだった。

スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968)と比肩されるSF映画の傑作というふれこみで観たのだが、う~ん、なかなかのものではあった。が、私的には『2001年宇宙の旅』の方に1票入れるな。この映画、2部構成になっているのだが、はっきり言っ…

『ラスベガスをやっつけろ』は、エンドロールを心待ちにしてしまった。この映画はおすすめしません。

お下品ものも、アブナそうなのも、とんでもないものも、決してキライではないが、ズルズル、べちょべちょのエイリアンもの、ゾンビーものだけは、生理的に受けつない。 最近はちょっと女性向け映画ばかり観ていたキライがあるので、(嫁さんと一緒にDVD観…

『トーク・トゥ・ハー』は、えげつない話をなんとなく純愛映画みたいに丸め込んであった。

この映画、つかみはバッチリだった。のっけから前衛舞踏風のバレエの舞台だ。口ぽかん状態で観ていた。ビナ・バウシュというらしい、ドイツ人のおばさんの舞踊団の舞台なんだが、これが何とも芸術的というか、難解ホークス的というか、いずれにしても、目が…

『世界中がアイ・ラヴ・ユー 』は、なにより話が重くないのがいいのかもしれない。

思いきり絵空事なミュージカルコメディー映画だった。なにしろ連れ子の娘がひとりいる女(ゴールディ・ホーン)と、同じく、男女ひとりずつの連れ子がいる男(ウディ・アレン)が再婚して、ふたりの娘をもうけ、さらに、嫁さんの元の旦那と今の旦那は友だち…

『スカートの翼ひろげて』は、女の一生/戦中編と言えないこともないが、たわいない青春ものだった。

時代背景は、第2次世界大戦のまっ只中、ロンドンが空爆され始めた頃の映画なんだが、死と隣り合わせの戦場ものではなくて、銃後の若い娘たちの話だから、のどかというか、ちんまりしているというか、まぁ、イギリスの田園風景が美しかったので、大負けに負…

『ターミナル』は、映画の筋としても、観客の期待度としても、あんなハズしの展開はないだろ。

スティーブン・スピルバーグ&トム・ハンクスの映画にしては、お話自体は小品という感じだ。トム・ハンクスにとれば、さしずめ『キャスト・アウェイ2』というところかな。しかし、舞台設定はチョー大がかりだった。何しろJFKのターミナルビルを丸ごとセ…

『コールドマウンテン』は、かなりご都合主義の目立つラブストーリーだった。

かなりご都合主義の目立つラブストーリーだった。しかし、観ていてあほらし屋の鐘の連打とまではいかなかった。絵づくりはかなりしっかりしていて、見応えはまずまずだった。それにしてもこの映画、主人公のジュード・ロウが扮する田舎の純朴な二枚目、イン…

『カイロの紫のバラ』は、多少の修羅場はないこともないが、基本は大人のファンタジーだ。

この映画は長らくDVDの発売がなかったので、ヤフオクでVHSビデオ版を落札して観たのを思い出した。落札価格はかなり高かったように記憶する。もうひとつ、今をときめくジョニー・デップの出世作(?)「デッドマン」は、DVDは発売されていたのだが、廃盤になっ…

『フィラデルフィア』は、エイズで次第に衰弱して行くトム・ハンクスの顔演技が凄かった。

この映画はCGも特撮も使っていない。特殊メイクは使っただろうが・・・。何しろエイズで次第に衰弱して行くトム・ハンクスの迫真の顔演技が凄かった。映画の製作は1993年だから、まだアメリカでも、エイズに対する拒絶反応が残っていた頃だ。ゲイとエ…

『ファーゴ』は、冒頭で実話に基づいてるとか何とか言っておきながら、どうもフィクションらしかった。

フィーゴは元ポルトガル代表のサッカー選手で、引退後はインテルの幹部に就任したらしいが、こっちのファーゴは地名だった。『シービスケット』で、おかしな競馬中継アナの役をやっていたウィリアム・H・メイシーが主役の映画だと思いこんで観たのだが、全…

『グッバイガール』は、ニューヨークでしか作れない映画だね。

この映画、ずっと昔に観た記憶があったのだが、今回観直してみると、やっぱりよく出来ていた。俳優の演技もいいのだが、ニール・サイモンの脚本が素晴らしい。きっと英語の脚本は、字幕以上によく出来ているのだろう。 字幕だと、固有名詞はほとんど一般名詞…

『シービスケット』は、如何にもアメリカ人が好きそうなアメリカン・ドリーム話だった。

『スパイダーマン』のトビー・マグワイアは、実はこっちの役柄の方が主流なんだろうと思う。才能はあるのに、チャンスに恵まれなかった若いジョッキー、レッドの自負と不安の綯い交ぜになった感じをうまく演じていた。 それにしても、競走馬は血統がものをい…

『ミスティック・リバー』は、登場人物の心の襞をよく表現できていたと思う。さすがは東森監督だ。

11才で誘拐されて4日間も監禁、陵辱されたら、誰だってトラウマになる。しかし、デイブは監禁場所から自力で脱出し、高校では野球のスター選手になったくらいだから、かなり強い意志と行動力を持った少年だったように思われる。しかるに、高校卒業後は、…

『レッド・ドラゴン』は、ハンニバル以上、羊以下というところだった。

ハンニバル以上、羊以下というのが大方の評価だが、同感だ。ま、話があっちこっち行ったり、無意味にひっくり返ったりはしないから、素直な気持ちで見ていられる。この映画の原作は読んでいなかったので、重箱の隅つつき的なケチをつける気にはならなかった…

『オール・アバウト・マイ・マザー』は、うまく話が煮詰まったというべき映画だった。

如何にも女性映画だった。『テルマ&ルイーズ』は、女ふたりが主役、『めぐりあう時間たち』は、女3人が主役の映画だったが、この映画には、息子役のおにいさん(すぐに死んでしまう)とボケがきている親父さんと赤ん坊くらいしか、男は出てこない。ま、オカ…

『テルマ&ルイーズ』は、『バニシング・ポイント』のエンディングを思い出した。

『デッドマン・ウォーキング』での死刑囚の精神的後ろ盾になる尼さん役で、1995年の第68回アカデミー賞主演女優賞を取ったスーザン・サランドンは、1994年には『依頼人』で、1991年にはこの作品でも主演女優賞にノミネートされていた。さすが…

『エル・トポ 』は、全体的にとんでもないが、部分的には、もっととんでもない。

とんでもない映画だ。全体的にとんでもないが、部分的には、もっととんでもない。小説なんかでは、作家の想像力のおもむくまま、とんでもない作品が時々出現することがないこともない。たとえば、『ドグラ・マグラ』なんかも、かなりキテル話だったように記…

『HERO 英雄』は、整然と行進する軍隊が、なんとなく格好よく見えるのが、コワい気もする。

なんと言うか、空中サーカスみたいな映画だった。刺客とのバトルシーンしか見所はない。なかでも、水上のバトルシーンは秀逸だった。『グリーン・デスティニー』の竹林のバトルシーンといい勝負だ。衣装が原色で、カラフルなんだが、東洋的な色調というか、…

『ランボー 地獄の季節 』は、アフリカでの生活が地獄だったと勘違いする奴がいるだろう。

この映画は、アルチュール・ランボーの伝記映画ということになっているが、ランボーのことをまったく知らない人が観たら、アフリカでのランボーとフランスでのランボーの間に何の脈絡もないので、どういうこと?と思うだろう。 この前のディカプリオがランボ…

ブレードランナー』は、レプリカントに同情してしまった。

SF映画の名作の誉れ高い作品だが、以前にビデオで観たときも、仇役のルトガー・ハウアーの方がいい人なんじゃないかと思ったが、今回『最終版』を観ても、このにいさん、人間としていいとこあるじゃん。 人型ロボットはあくまで機械だが、人間に限りなく近…

『モンティ・パイソン 人生狂騒曲』は、地上のありとあらゆるもので嘲笑の的にできないものなどないという感じだ。

こういう映画が好きか嫌いかと聞かれたら、どっちでもないとしか答えられない。白黒ハッキリしろと詰め寄られたら、「どちらかと言うと、蛇蝎の如く忌み嫌っているワケでは決してない。けれど、なんと言いましょうか?ブラック・ユーモアというのは、日本人…

『ニューヨーク・ストーリー』は、金を出して観るほどの出来ではなかった。

オムニバスの3部作だが、第3話がまだしも面白かった。第1話は、マーティン・スコセッシ監督の中年画家と画家志望の若い娘との情痴話。第2話はフランシス・フォード・コッポラ監督のこまっしゃくれたガキのあほくさ話で、第3話はウディ・アレン監督・主…

『ガタカ』は、観ていて暗澹となる映画だったが、観た後はさほど暗澹とした気分が残らないようにしてあった。

主人公は、両親のカーセックスでこの世に生を享けた出来ちゃったベビーだが、能力的にも人並以上の若者だ。しかし、遺伝子的に何一つ劣るものがない完全無欠のロックンローラー、もとい、完全無欠の適正者(IQだけでなく、運動能力もサッカーのスーパース…

『未来世紀ブラジル』は、なんとも歪んだ世界を作ったものだ。ほとんど全編悪夢だった。

なんとも歪んだ世界を作ったものだ。ほとんど全編悪夢。カフカの「審判」を現代的にというか、近未来的に解釈した映画といったところだ。爆弾テロが横行する超管理&情報化社会(国民総背番号制どころか情報剥奪局という役所まである)という意味では現在の…

『グリーン・デスティニー』というと、熱帯雨林の消滅を嘆くドキュメンタリー映画みたいな題だ。

この映画、話の筋はよく分からなかったが、ワイヤーアクションはそれなりに観ていて面白かった。サーカスのアクロバットや空中ブランコを観るのと基本的には変わらないのだが、移動する空間を思い切り引き延ばし、スピード感を高めてあるから、遙かにダイナ…

『フェリーニのローマ』は、全編やらせのドキュメンタリーだった。

観終わった感想は、おなかいっぱい。イタリアンは決して嫌いな方ではないが、一度にこんな沢山食べたら胸焼けがする。この映画、全編やらせのドキュメンタリーといったところだった。どこにも真実はないが、すべての映像はフェリーニにとっての真実というこ…

『おいしい生活』は、「マズイ生活」をバカバカしく描いた映画だった。

ウディ・アレンの喜劇映画では『ボギー!俺も男だ』を40年くらい前に観た記憶があるが、あれって、てっきりウディ・アレンが監督もしているものだと思っていたら、違っていた。ウディ・アレンの舞台劇の映画化だった。 この『おいしい生活』は、脚本、監督…

『気狂いピエロ』は、ほとんどロマンチック・ファンタジーの世界だった。

伝説的なゴダールの名作だ。破滅に向かってまっしぐらに突き進みながらも、その逃避行の間中、アンナ・カリーナにコケにされまくるベルモンドは、まさに愚か者の典型であって、支離滅裂な生き様(死に様)がカッコよかった。 20才の頃、遅れてきた映画青年…

『東京画』は、小津安に捧げたおまんじゅうじゃなくて、オマージュ映画だ。

小津安二郎大好きのヴィム・ヴェンダースが小津安に捧げたおまんじゅうじゃなくて、オマージュ映画だ。こういう映画につっこみを入れても仕方がないが、ま、普通の映画館で、お金を払って見るような映画ではない。小津安特集の上映会とか、生誕100年記念…

『太陽と月に背いて』どうすんの?

ひとりの傍若無人な少年と30前の男との道ならぬ恋の話だが、ふたりの間にあったはずの芸術がすっぽり抜けているので、なんだか妙に生々しいゲイ映画になっていた。 ランボーとヴェルレーヌが、たとえ出来ていたとしても、朝から晩まで虎のように愛しまくっ…

『御冗談でショ 』は、冗談といえば、すべてが冗談みたいな話だった。

マルクスブラザースの映画デビュー4作目。次作の『我輩はカモである』の後にMGMに移籍し、ほぼ年一作のペースで、主演映画が作られ続けたが、傑作の呼び声が高いのは『我輩はカモである』と『オペラは踊る』とこの映画の3本だ。 特に、後半のフットボー…

『バスキア』は、脇役陣が曲者揃いだった。

こういう夭折した芸術家に弱い私としては、この映画も出来はいまいちとしても、結構気に入った。ニューヨークの落書きアート出身のアーティストとしては、日本ではキース・ヘリングの方が有名かも知れないが、バスキアの方が、文学的というか、かなり社会的…

『リービング・ラスベガス』は、壮絶な酔生夢死の物語だった。

これは、現代の酔生夢死の物語だ。あるいは、ダメ男と娼婦の切ないラブストーリー。客は遊女に惚れたと言い、遊女は客に惚れたと言うのが、かつての遊里での常識だったらしいが、この映画では、客と娼婦として出会った男女が、お互いに惚れあった。 飲み過ぎ…

『クレイジー・イン・アラバマ』は、二つの狂気が同時進行していた。

『マレーナ』のませたボウズは下半身妄想性ストーカー野郎だったが、今回のピージョー少年は、13才にして社会正義に目覚めた男子中学生だった。どちらかというとこちらの少年の方が好きだな。 この映画、ふたつの狂気が同時進行してるのだが、ひとつは、社…

『マレーナ』は鄙にはマレーナ別嬪さんだったが、映画はスカだった。

12才のガキのストーカー行為や下着泥棒を「よく分かる」と思うか「何をさらしとんじゃ」と思うかで、観る人の成熟度が測れる。ロッテのバレンタイン元監督似のこのボウズのやっていることが気味悪かった。やはり。こいつは少々変態じゃないか・・・。 鄙に…

『イル・ポスティーノ 』は、地味な映画だった。なにしろ隠喩(メタファー)がテーマなのだ。

地味な映画だった。なにしろ隠喩(メタファー)がテーマの話なんだから。隠喩というのは、雨のことを「空が泣いている」という類いだ。隠喩で記憶に残っているのは、中原中也の「トタンがセンベイ食べて 春の日の夕暮は穏かです」くらいだ。これは春のつむじ…

『ラジオ・デイズ』で、日本人が懐かしいなぁと思うのは、ちょっと変かも。

ウディ・アレンは、いかにもニューヨーカーらしい小洒落たコメディ映画をいくつも撮っているが、1935年生まれだから、もう80前の爺さんだ。1965年製作の『何かいいことないか子猫ちゃん』とか『ボギー!俺も男だ』などの初期の作品以来、随分ご無…

『眺めのいい部屋』は、眺めているだけで、20世紀初頭のイギリス上流階級が分かったような気になる。

冒頭、フィレンツェに旅行したイギリス上流階級のお嬢様であらせられるルーシーとその付き添い役の叔母さんが、とあるペンションの部屋の窓を開けたら、裏道しか見えなかったというところから、映画が始まった。この「眺めのよくない部屋」の意味は、20世…

『アダプテーション。』で最もインパクトがあったのは、車の衝突シーンだ。

この映画を観る前に、『マルコビッチの穴』を観ておいた方がいいかも?何しろ、監督、脚本とも、同じコンビの作品というだけでなく、その脚本家本人がモデルの映画だった。ハリウッドの映画界の内幕ものというジャンルは昔からあったように思うが、この映画…

『ゴスフォード・パーク』は、「プロはきちんと先を読んで手を打つ」という発言に感心した。

群衆劇というらしいが、登場人物が大勢出て来て、しかも、誰が主役ということもないから、どいつがどいつや、あいつがそいつか、こいつはだれや?と役者の顔とその役柄を把握するのに手間取った。唯一マギー・スミスだけは、すぐにアイデンティファイ出来た…