『ナイト・オン・ザ・プラネット』は、映画のショートショートというか、小話のよううなものだった。

またぞろジム・ジャームッシュだ。今回は『ナイト・オン・ザ・プラネット』。この映画は5話からなるオムニバスもので、映画のショートショートというか、小話のよううなものだった。英語では、スライス・オブ・ライフか?!
 
 
この手の監督は、起承転結の必要な長編(といっても、2時間足らずだから大したことないのだが)の場合は、どうも起承転転転転とあさっての方向へ行ってしまうきらいがあるが、きっかけと勢いだけで作れてしまうオムニバス・スタイルは得意のようだ。しかも、落語と違ってオチがいらないから楽勝だ。
 
まずは午後7時7分のロス。ちょっとヤンキーぽいおねぇちゃんドライバーとタレントスカウトキャラバンから帰ってきたばかりのおばちゃんスカウトとの会話。これがなかなか面白い。アメリカでも、この映画の公開当時にはきっとまだ珍しかった携帯電話で、誰かとぺちゃくちゃ話しながら、ときどきはおねぇちゃんとも話すのだが、会話の中身はどうってことないものの、運ちゃん役のウィノナ・ライダーがなかなかいけてる。この娘はヘビーヘビースモーカーで、『初恋のきた道』の純朴可憐な田舎娘とは大違いだ。こっちはコカインとかLSDには手を出していなくとも、マリファナぐらいはやっていそうだ。
 
◆◆ネタバレ注意◆◆ところがどっこい、このおねぇちゃんの話す中身はえらく堅実で、おばちゃんからタレントとしてスカウトされても、車のメカニックになるのが目標だと言って、あっさり袖にしてしまった。◆解除◆
 
こんな奴おらん、普通ならいちころでしっぽ振ってついて行くんじゃないか?!と思わずつっこんでしまったが、なかなか気骨のある娘だった。しかし、これは、やはり監督の無い物ねだりというのか、形を変えたロマンティシズムだ。現実にはあり得そうにないヒロイン像を捏造するのは、宮崎駿と同類だ。
 
お次は、午後10時7分のニューヨーク。この話は結構お気に入りだ。少々エキセントリックだけれど、まっとうな人間が出てくるからだ。東ドイツ出身の新米タクシードライバー(地理不案内、英語はよく分からないどころか、まともに運転すらできない親爺が運転するタクシーって、コワ過ぎる)を相手に、ブルックリンに住んでいるアフリカ系アメリカ人の男が、まるでボケとつっこみの漫才コンビのようにしゃべりまくる。
 
そこへ義理の妹まで無理やりタクシーに乗せて、車内はファックとアスホールの洪水だ。たわいない会話だけど、ついつい画面に引き込まれてしまった。窓の外を流れるニューヨークの夜景も、寒そうでいい感じだった。
 
◆◆ネタバレ注意◆◆元クラウン(道化師)だったタクシードライバーが言った台詞がやけに印象的だった。「道化師にとっては、お金は必要だけど、重要ではない」なかなか含蓄のある言葉ではないか。 ◆解除◆
 
この映画の製作された2年くらい後に、単身ニューヨークに乗り込んだことがある。(ただのサイト・シーイングだが)当時は、まだ危ないニューヨークの時代だから、何となくヤバそうな気配が街中にが充満していた。(ちょっと大袈裟)南北の大通りは比較的賑やかだったが、横丁に入ると途端に寂れた感じがしたものだった。
 
たった2日しかいなかったが、マンハッタンを流しているイエローキャブには乗れなかった(空港から乗ったタクシーの運ちゃんが、何を言っても答えてくれず、おっかなかったのでトラウマになっていた)し、地下鉄もヤバイという噂だったから、セントラルパークの南側にあったホテルから歩いて行ける範囲しか観光できなかった。北はメトロポリタン美術館辺りから南はマディソンスクエア辺りまでを朝から夕方までぐるぐる歩いて、足棒だったが、根性なしと嘲笑わば嘲笑え。それでもジョン・レノンの住んでいたダコタハウスも、MoMAも、自然史博物館も、メトロポリタンも行った。エンパイアステートビルは下から眺めただけだった。
 
さて、午前4時7分のパリでは、コートジュボアール出身のアフリカ人の運ちゃんが、視覚障害者のおねぇちゃんを乗せて、その娘に根ほり葉ほり立ち入った質問をする。◆◆ネタバレ注意◆◆いくらなんでも、「ベッドで相手が見えないと、誰とセックスしているか分からんだろ?」なんて、失礼過ぎるんじゃない?しかし、客のおねぇちゃんも負けていない。ほれぼれするくらいつっぱっている。お情けなんて糞食らえ!という意気に、感動した! 
 
それにしても、夜明け前の午前4時に、セーヌの川岸になんの用があるの?でも、まぁ、この話にはオチがついていた。しかし、ニューヨークが凄くしばれていたのに、パリはそれほど寒そうでないのは何故?◆解除◆ 
 
同じく午前4時7分のローマ。またロベルト・ベニーニだ。結構映画に出てるんだ。このベニーニ扮する運ちゃんが、マシンガンのようにしゃべりまくる。◆◆ネタバレ注意◆◆ところで、神父が客になったものだから、ここで懺悔をしたいと言い出す始末だ。カボチャと羊と嫂の3題話を延々とまくし立ていて、気がつくと・・・◆解除◆この話のネタはいかにもイタリアだったが、ロベルト・ベニーニのひとり芝居は、イッセー尾形と互角の名勝負だ。実にうまい。ところで、最近イッセー尾形をあまりTVで見かけないが、どうしているのかしら?
 
最後は、午前5時7分のヘルシンキスウェーデンフィンランドはどちらも北欧の国だが、この映画の登場人物たちは、『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』のスウェーデンの田舎町の人々の陽気さ猥雑さとは180度違って、ひたすら陰々滅々としていた。
 
◆◆ネタバレ注意◆◆工場労働者風の酔いどれ3人組と運ちゃんの不幸自慢というか、かなり重い話だった。別に感動もしなかったし、もらい泣きもしなかったが・・・。エンディングでは次第に空が白んできて、希望の朝を迎えるというシナリオになっているのだが、ハッキリ言って、北欧の冬の朝は、午前5時前には絶対明けなさそうだ。2月頃の設定だとしたら、大阪でも、多分夜明けは7時前か?この映画の時間進行なら、まだ6時前だから、真っ暗のはずだ。まして、フィンランドでは、冬場は一日中夜と違うのか?◆解除◆ 
 
世界中のいろんな都市で、タクシーは走っていて、どのタクシーにも、いろんなドライバーが乗っていて、おかしな客が乗ってくる。ジム・ジャームッシュも、この手のオムニバス映画なら、いくらでもつくれそうだ。さまざまな人生が交錯するグランドホテルもののバリエーションという感じだ。大阪編もつくって欲しいものだ。そう言えば、笑福亭鶴瓶が運ちゃんになって、客役のタレントとアドリブで掛け合い漫才するTV番組があったが、鶴瓶師匠の話芸の神髄を見るようだった。
 
NHKの「釣瓶の家族に乾杯」でも、釣瓶師匠の素人あしらいのうまさに感心する。不思議なことに、鶴瓶師匠は抱腹絶倒のエピソードが身のまわりで頻繁に起きるという特異体質な人だ。普通に生きている私なんかは、あんな面白い経験を滅多にしないけれど・・・。 
 
エンド・ロールのBGMで流れる、トム・ウェイツの歌がめちゃめちゃよかった。CDを4枚も買ってしまった。
 
ところで、この映画の邦題は『ナイト・オン・ザ・プラネット』だが、原題は『NIGHT ON EARTH』だ。なせオン・アースをオン・ザ・プラネットに変えたのか?無茶な改竄のように思う。ON EARTHには、「地上」という意味の他に、 「一体全体どうなっているんだ」という驚き・怒り・嫌悪・困惑を強調する意味もあるらしい。Where on earth have you been? (一体全体どこほっつき歩いとってん!日本語の一体全体という言葉もワケの分からない言い回しだが)なるほど、この映画のワケの分からなさ感をうまく言い表しているではないか?それを『ナイト・オン・ザ・プラネット』という、スーパーマンでも出て来そうなカタカナ邦題にしてはダメじゃん。そう思いません? 
 
万引で捕まったハリウッド女優というのが、このウィノナ・ライダーだったのか。またしても知らなかった。
 
ナイト・オン・ザ・プラネット NIGHT ON EARTH (1991)アメリカ 日本 
出演:ウィノナ・ライダー ジーナ・ローランズ、ジャンカルロ・エスポジト アーミン・ミューラー・スタール、ベアトリス・ダル イザアック・ド・バンコレ、ロベルト・ベニーニ パオロ・ボナチェリ