『ゴースト・ドッグ』のように設定が適当な映画は珍しい。

何とも奇妙な設定を思いついたものだ。ニューヨークに住むアフリカ系アメリカ人の殺し屋が日本の武士道マニアで、しかも、伝書鳩愛好家というのだ。そいつの主人(と勝手に思いこんでいる)がマフィアで、そいつの指令で、一手に暗殺を引き受けている。唯一の友だちというのが、ハイチから密入国してきたフランス語しか話せない屋台のアイスクリーム屋だ。
 
この主人公、どことなく元横綱の曙に雰囲気が似ている。大男なのはもちろん、体のキレが悪そうなところもそっくりだった。◆◆ネタバレ注意◆◆その殺し屋が逆にマフィアから命を狙われるのだが、このマフィアがどうにもこうにもだらしない。マフィアといやぁ組織暴力団なんだから、もう少し組織的に動けないのか?爺さんばかりじゃないか。もっといきのいい若いもんはいないのか?◆解除◆
 
ジム・ジャームッシュは、小津安に傾倒しているらしいが、武士道にも造詣が深いのかと思ったが、この映画を観る限りでは、ちょっと囓っただけだろう。たぶん三島かなにかの本を読んで「葉隠れ」という武士道マニュアルがあるのを知って、これで映画を作ったら、面白いんじゃないかと思っただけだろう。
 
刀を上下逆に差していてもおかしいと思わないくらいだから、大したことはない。しかも、武士を気取るのなら二本差しだろ。命を助けられた男の家来になって、男の命令には何でも従うというのも、武士道の拡大解釈だ。主家と家臣の関係はあくまで契約であって、上意討ちの刺客になることはあるが、暗殺は本来御法度のはず。ましてや、マフィアの手先になっての殺し屋稼業など武士の風上にも置けない悪行だ。
 
芥川の「羅生門」は英訳されているが、「葉隠」が英訳で出版されていると知らなかった。あの色即是空 空即是色の英訳では、何のことかさっぱり分からないんじゃなかろうか? 
 
ま、日本好きの外国人は、往々にして一般の日本人があまり関心を持っていないような昔の日本文化に妙に固執するから、現代の日本人が観たらワケが分からない場合が多い。武士道に限らず、能狂言でも、茶道でも、修験道でも、尺八でも、念仏でも、日本文化は分かりにくいことが偉いという勘違いの上に成り立っているから、我々でもよく分からないのに、外国人が見たらどうなることやら。 
 
ジム・ジャームッシュの映画は、すべからく個人の趣味の域を超えてないが、この映画でも、監督のご都合主義が散見される。◆◆ネタバレ注意◆◆まず、主人公は殺し屋より車泥棒の腕の方がよさそうだが、あんな装置で簡単にエンジンがかかるのだったら、とっくの昔に、あらゆる車がキーレスエントリーになっていただろう。
 
それに、伝書鳩というのは、鳥の帰巣本能を利用しているんだから、常にどこかの場所から巣までの片道通行だ。メッセージをよその家に届けてくれるはずがない。しかも、鳩は鳥目だから、夜中は飛べないはずだ。
 
さらにさらに、フランス語しかしゃべれない密入国男が、どうやってニューヨーク市の屋台営業許可を取れたんだ?あんな小さい女の子が芥川を読んで分かるのか?ニューヨークの近郊で熊がでるのか?(でるらしい)アメリカは動物虐待にうるさいらしいが、あの死んだ鳩はどこから調達してきたんだ?◆解除◆とまぁ、こんなに設定が適当な映画も珍しい。
 
ゴースト・ドッグ(1999)アメリカ Ghost Dog:The Way Of The Samurai