『アバウト・シュミット』は、アメリカ人の枯れた演技というのは、こんな感じなんだと思った。

65才で定年退職したジャック・ニコルソンのシュミットの親爺さんは、さあ、余生は嫁さんと何をして暮らそうかと、考えていた矢先に、嫁さんに急逝されて、男やもめになってしまった。普通はこういう展開になったら、はちゃめちゃな親爺の冒険譚が始まるのが相場だろうが、男やもめに見事にウジが湧くものの、この親爺さん、意外に冷静に事態に対処しているように見えた。 
 
それでも、やはりじっと家に引きこもっているはずがない。なんと、大型キャンピングカー(というのは和製英語で、アメリカではcamperとかMoterhomeとか言うらしい。何を隠そう、今を去る25年前に、レンタカーの大型キャンパーで、オークランドからシェラネバダ山中のヨセミテ・ナショナルパークまでの往復700kmを激走したことがある。
 
フリーウエーは、さすがに広々してたが、山道にさしかかると、日本の山道と変わらない狭さだった。そこを車幅ゆうに2メートル30くらいはある、ほとんどバスのようなキャンパーで、えっちらおっちら登るのだから、どんなに右に寄って走っているつもりでも、運転席からの眺めはセンターラインを大幅にはみ出しているように見えて、対向車が来ると、「わわわ、絶対ぶつかる」と何回目をつぶったことか。ほとんど生きた心地がしなかった。この話、長くなりそうだから、ひとまず、閑話休題
 
で、そのキャンパーで、娘の結婚式に参列するための旅に出た。道すがらに出会った様々な人々の様々な人生模様をつづった、いわゆるロードムービー話かというと、そうでもない。ま、ちょっとしたエピソードはあるが、娘の住んでいる町に着いて、花婿の家族の家で、一宿一飯の恩義に預かるということになった。この家の主婦が、『ミザリー』のキャシー・ベイツだ。あの映画はおっそろしかった。ラストシーンで腰抜かしそうになった記憶がある。
 
◆◆ネタバレ注意◆◆シュミットの親爺さんが、ウオーターベッドで首曲がらなくなって、ミザリーに看病して貰う羽目に。こりゃあ、親切にされればされるほど、後で何をされるか、かなりコワい。でも、この映画のキャシー・ベイツは、いいおばさんだった。ところが油断大敵、屋外にあるジャグジーにいい気分で漬かっていると、「一緒に入ったげる」と言って、入って来る。うわー、えらい××パイ。このときのジャック・ニコルソンの顔が何ともよかった。 
 
すったもんだはあったものの、結婚式も無事にすんで、家に帰るのだが、そこで、ある手紙を読んで、鬼の目に涙。ありゃ?この映画、ここで唐突に終わってしまった。余韻を残すエンディングだと言われたら、そうですかと言わなきゃ
ならないが、もうひとひねりあっても、よかったんじゃないか。。。◆解除◆ 
 
黒澤明の『生きる』を参考にして、脚本を書いたらしいが、私の印象では、シュミットの親爺さんは、小津安の『東京物語』にでてくる笠智衆の爺さんのアメリカ版だ。嫁さんに先立たれて、悲嘆に暮れているかとうとそれほどでもなく、だからといって、後添えを貰うほどの元気もなく、ま、現実を受け入れながら、死ぬまでぼちぼち生きようホトトギス状態だ。
 
ジャック・ニコルソンも、この前に観た『恋愛小説家』の偏屈オヤジの頃よりだいぶ老けていた。アメリカ人の枯れた演技というのはこんな感じなのかなと思っていたが、この映画の5年後に製作された『最高の人生の見つけ方』では、相変わらずギンギンギラギラの頑固爺の役をやっていた。
 
ところで、先日、ジャック・ニコルソンが、記憶障害が原因で引退を表明したというニュースをネットで読んだ記憶があったので、調べてみると、「『死ぬまでもう仕事をするつもりはない。でも、記憶障害が原因なんじゃない』ときっぱりとうわさを否定。(中略) 代わりにジャックは、『もう情熱がないんだ。かつてはあった。でも今はもうない。もう表舞台に立つ必要はないよ』と、演技への情熱が失われたことを話している(シネマトゥデイ)」という記事があった。ある種の燃え尽き症候群か、やっぱり引退はするようだ。
 
独居老人を描いた小説で、印象に残っているのは、筒井康隆の『敵』だ。大学教授を辞職して10年たつジジイの話だから、この映画の主人公より10才年上だ。しかし、この渡辺儀助という爺さんは、シュミットの親爺さんより格段に偏屈だし、スケベ魂もまだまだ残っている。現状の生活レベルを維持しながらら、余生の帳尻をしっかり合わせて死ぬための収支バランスを緻密に計算している。シュミットの親爺さんなんか、かわいらしく見えるような爺さんの話だ。私の理想は、『ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ』のお気楽爺さんの方だが、儀助爺さんみたいになるような気もする。 
 
それにしても、あのすぐに死んでしまった嫁さん役の女優さん、目立たなかった。ほとんど通行人のエキストラ並みだった。一方、ジャック・ニコルソンは『シャイニング』、キャシー・ベイツは『ミザリー』と、ふたりともスティーブン・キング原作のホラー映画に主役で出ていたのだから、ホントはこの映画、もっとこわいモダンホラーだったのかも知れない。 ほら、死んだはずの嫁さんが、「こんなにさっさと死んでたまるかい」と、隣の部屋で起きあがってきた・・・。
 
アバウト・シュミット(2002)アメリカ About Schmidt
出演:ジャック・ニコルソンキャシー・ベイツ、ダーモット・マルロニー、ホープ・デイビス、ハワード・ヘッセマン