『ニューヨーク・ストーリー』は、金を出して観るほどの出来ではなかった。

オムニバスの3部作だが、第3話がまだしも面白かった。第1話は、マーティン・スコセッシ監督の中年画家と画家志望の若い娘との情痴話。第2話はフランシス・フォード・コッポラ監督のこまっしゃくれたガキのあほくさ話で、第3話はウディ・アレン監督・主演の困ったお母ちゃんと息子の話だ。
 
ニューヨークが舞台の小じゃれた映画でしょと、映画製作者が小鼻をうごめかしている様子が思い浮かぶ。しかし、どれもこれも金を出して観るほどの出来ではなかった。
 
この映画を観る前に、『モンティ・パイソン人生狂想曲』を観たものだから、あまりの毒気のなさに、物足りなかったからかも知れない。ま、一応ひとつずつつっこんでおこうか。
 
第1話は、中年のオヤジが若い娘に執着して、娘の心変わりに嫉妬に狂う話だが、ニューヨーク派のモダンアートの画家で、それなりに有名らしく、若い画家志望の娘に次々に手をだすエロ爺だ。人並みに嫉妬したり、娘の歓心を得るために下らないサービスしたりするのだが、根本的に誠意というものが感じられん。
 
アーティスト好き素人娘専門の女たらしの典型だ。昔々、大久保清という男が、若い娘さんを何人も毒牙に掛けた連続レイプ殺人事件を思い出した。 
 
画家志望の小娘の方も、如何にも若いだけが取り柄で、オヤジとの同棲生活に飽きて、他の男に目移りしているのだが、芸術家気取りの若い男どもには、ハッキリおもちゃにされている。さっさと故郷に帰って、堅気の若い衆と結婚した方がいいんじゃないかと思われる。
 
次の話は、なんじゃこりゃ?何が言いたい歯が痛いの映画だった。確かにニューヨークにはこんなガキが住んているかもしれないが、そのガキの日常を描いた映画を観て、一般庶民は何を思えというのだ。ただうやましがれというのか?それともこんなこまっしゃくれたガキを生み出したアメリカは、テロ攻撃されてもしかたないなと納得したらいいのか。こんな映画を観て、ハッピーな気になる奴がいたとしたら、そいつのまぬけ面の方こそ見てみたい。
 
最後のウディ・アレンの喜劇は、まだしもましな出来だった。しかし、この映画も毒気はあまりない。息子のことをいつまで経ってもガキとしか思っていない母親という化け物は、洋の東西を問わずに、いるらしいことはよく分かった。
 
それにしても、ミア・ファローはチャーミングだ。3人の子持ちの離婚経験者という役柄だが、ニューヨークには、確かにこんな女の人がいそうな気がした。『ローズマリーの赤ちゃん』や『ジョンとメリー』の頃からの贔屓だから、かれこれ45年。ミア・ファローは1945年の生まれだから、70才。古希かぁ。
 
ニューヨーク・ストーリー(1989)アメリカ NEW YORK STORIES 
出演:ニック・ノルティロザンナ・アークエット、ヘザー・マコーム、ジャンカルロ・ジャンニーニ、タリア・シャイア、ウディ・アレン、メイ・クエステル、ミア・ファロー、ジュリー・カヴナー