『ターミナル』は、映画の筋としても、観客の期待度としても、あんなハズしの展開はないだろ。

スティーブン・スピルバーグトム・ハンクスの映画にしては、お話自体は小品という感じだ。トム・ハンクスにとれば、さしずめ『キャスト・アウェイ2』というところかな。しかし、舞台設定はチョー大がかりだった。何しろJFKのターミナルビルを丸ごとセットで再現してしまったのだから。その金の掛かり方は半端ではない。それにしても、スピルバーグは金遣いが荒い。エスカレーターも動いているし、天井は吹き抜けだし、最新設備のぴっかぴかのターミナルビルだ。エキストラの数も半端じゃない。
 
映画の冒頭部分で、ビルの中にいたトム・ハンクスから、ぎゅ~~~~~んという感じでズームアウトして行くシーンを観たとき(このまま引き続けて、宇宙から見た地球になるんじゃないかと思っら、ずーっとビルの中だった)から、こりゃあ、ひょっとして全部セットじゃないかと感づいたんだ。しかし、冷静に考えたら、実際のJFKのターミナルビルを使ってロケしたりは出来ないな。何しろほとんどビルの中だけが舞台なんだから。
 
JFK空港には、ほんのちょいの間(何しろ朝の4時か5時に空港に来いと言われて、寝ぼけ眼でタクシーに乗って、着いたとこが出発ロビーだった)しかいなかったから、あまり憶えてないのだが、随分煤けていたような気がする。工事中のところも多かった。しかし、ターミナルビルといえば、関空も似たようなものだ。何となく無国籍風の空間で、サイン類も似たようなデザインで、行き交う人も似たり寄ったりで、ぼーっとベンチに腰掛けていたりすると、自分がどこにいるのか、一瞬分からないようになる。
 
それで思い出したのだが、昔、社員旅行でサイパンに行ったとき、仕事の都合で、一人だけグアム経由の便で後から出発したのだが、そのとき、グアムで、飛行機を乗り継いでサイパンに行く客は一人だけだったみたいで、夜中の出発ロビーの誰もいないところで、2時間くらい待たされた。あのときは、さすがに気丈な私も心細かった。放置プレーという奴だ。
 
旧東欧圏のクラコウジアという架空の国から、観光ビザでアメリカに来た親爺は、入国間際に自国で起きた政変で、事実上母国が消滅してしまった。JFKの入国審査ブースで、「ちょっと待って」と言われて、その後9ヶ月もの間、入国することも、国に帰ることもできない宙ぶらりん状態で、ターミナルビルの中だけで暮らさなければならなかったら、その心細さたるや、想像を絶する。孤立無援とはこのことだ。群衆の中の孤独というのもあるな。言葉が通じないというのは、かなりキツイな状況だ。
 
新政権が国際的に認知されるまでの期間は、旧政権の時代に発給されたパスポートも無効なら、ビザも無効になるのか?しかし、ビザというのは、入国させる側の国が発給するものだろ。しかも、旧東欧圏の国だったら、その国のアメリカ領事館かなにかで、事前に、面接やらのややこしい審査を経て、こいつは不審人物ではないと判断して、初めてビザを発給されたのだから、たとえ、その直後に、その国が地上から消滅してしまったといえども、発給した時点では、存在してたのだし、短期滞在の観光客だし、その人物の人定も終わっているのだから、とりあえず、入国するのだけは、オッケイになるんじゃないの?
 
入国管理法のことはまったく知らないから、つっこみにくいのだが、こんな理不尽な仕打ちされたら、『ジョンQー最後の決断』のデンゼル・ワシントンみたいに人質を取って立て籠もって、警察のやっかいになるか(アメリカだったら有無を言わさず、いちころで狙撃されるかも知れないが)、前途をはかなんでジャンボ・ジェット機の前に寝転がるか、なにかとんでもないことをしでかしてしまいそうだ。
 
ところが、この親爺は、じっと待ち続けた。いつまで待つ気・・・?最初の頃は、英語をほとんど喋れなかったんだが、たった9ヶ月で、結構流暢に喋れるようになっていた。駅前留学どころか空港留学していたのだから、英語耳が出来るのが早かったのか?普通はああはいかない。
 
その間のサバイバル話というか異人種交流のエピソードは、どれもほほえましいものだった。爆笑したのは、主人公がスッチー役のキャサリン・ゼタ=ジョーンズをディナーに誘ったときに、普段はフロア掃除担当のインド人の親爺が、突然大道芸のジャグリングを始めたときだった。インド人もビックリだ。ひょうひょうとした風貌とジャグリングの組み合わせの意外性は絶妙だった。あのインド人、結構有名な芸人みたいだけれど。
 
それにしても、あのスッチーは冷やかしかい?映画の筋としても、観客の期待度としても、あんなハズしな展開はないだろ。あれだったら、まぁ、浮気っぽいけど、ちょっと親切な女の人じゃないか。ま、キャサリン・ゼタ=ジョーンズのキャラは、『シカゴ』のときも、いい加減スカンタコ系だったけれど。。。『お前、ポケベル捨てたんじゃないのか?どうやって連絡つけたん?』と、画面につっこんでしまった。それにしても、ポケベルだもんね。時代を感じるなぁ。
 
それに、えらい遠い国から、わざわざニューヨークくんだりまで、出っ張って来た左官屋さん(どうもトム・ハンクスの職業は左官屋みたいだった。あのタイルの壁には、なんの意味があったのか?)の渡米の理由が、あの程度のことで、しかも、その顛末も随分あっさり描いてあった。スピルバーグは、お涙頂戴の感動作にしたくはなかったのかも知れないが、ハートウォーミング・コメディーだったら、コートを貸してやるくらいの小さな親切じゃなくて、『スモーク』のエンディングくらいの、こましなエピソードが用意されるべきだったのじゃなかろうか・・・。
 
ターミナル The Terminal (2004) アメリカ  
出演:トム・ハンクス、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、スタンリー・トゥッチ