『トーク・トゥ・ハー』は、えげつない話をなんとなく純愛映画みたいに丸め込んであった。

この映画、つかみはバッチリだった。のっけから前衛舞踏風のバレエの舞台だ。口ぽかん状態で観ていた。ビナ・バウシュというらしい、ドイツ人のおばさんの舞踊団の舞台なんだが、これが何とも芸術的というか、難解ホークス的というか、いずれにしても、目が離せない妙に緊張感のある舞台だった。
 
少々脱線。昔々、西部講堂というが京大のなかにあった(今もあるかも?)。そこで暗黒舞踏というのを観たのだが、そりゃあ、もうエライものを観てしまったという感じだった。あれは土方巽の最後の演出・出演の舞台だった(たぶん)。何しろ胎内回帰というか、因果は巡るよいつまでもというか、いずれにしても思いっきり非日常空間だった。
 
全身白塗りの男女が、壊れたおもちゃみたいに、ぎっこんばったんとぎこちない動きを繰り返す。ときどき、白塗り女の一団が観客席(と言っても客は床に座り込んでいる)の中に、四つん這いになりながら入り込んで来る。その度に、客席はモーゼの出エジプト記の海の如く、左右にさ~っと割れる。それでも、横をすり抜けたときは、少しこすれて、白い塗料(?)が服に付いた。
 
いよいよ土方巽が登場すると、俄然空間は緊張感を孕み始め、凝視してはいけないものを観ているような、一種恐怖心の伴う経験だった。土方巽は妙に色っぽかった。他の団員は、カタチから入っているのだが(たぶん)、あの親爺は存在そのものが、異形という感じだった。「ひえ~、一般ピープルがえらいところに来てしまった。明日から、普通の日常生活ができなくなるんじゃないかいな」と、つくづく後悔したものだ。 
 
しかし、舞踏というものは、ライブで見るに限るようだ。この映画のビナ・バウシュの場面も、顔のアップなんかなしに、固定カメラで舞台を撮し続けた方がよかったと思う。
 
で、ここに、ふたりの男が登場する。たまたま並んでビナ・バウシュの舞台を観ていたのだ。しかも、片方の男は、目から涙をこぼしている。感動のあまり、涙を流す男とぴうのもいるんだ。感動で涙が出たことは未だない。ふたりの男は、普通なら通りすがりの他人のままで終わるのだが、このふたりが、マブダチになるという「なんでそうなるの?」な展開が、この映画だった。ま、縁は異なもの味なものだから、たまたま並んで座っていただけの男と再会して、紆余曲折の末に、友情が芽生えても一向に構わないのだが・・・。
 
さぁ、ここから話は、どんどんとんでもないことになっていく。ハッキリ言って、かなりキワドイ映画なんだが、不思議にいやらしく感じさせないように作ってある。これが監督の手腕だといえば、そうかも知れない。まず、ふたりの男の一方は看護師で、交通事故で眠れる美女状態になったバレリーナ志望の女の子(二十歳過ぎという年頃か。えらい別嬪さんだ)の世話(この世話というのが、カラダを洗ったり拭いたりするだけじゃなく、化粧はするし、散髪はするし、マッサージ、エステなんでもありだ。しかも、さも起きてるがごとく話しかけ続ける)を専属で4年も続けているのだ。
 
◆◆ネタバレ注意◆◆この男の住まいの向いにバレエ教室があったというのも、「そんなバナナ!」な気がしたが、まあ、負けておこう。それで、そのバレエ教室に通っていたのがこの眠れる美女だった。男は当然のように、毎日窓からバレエ教室を覗いている。(そりゃあ、向かいがバレエ教室だったら、ラッキーと思うよ。ま、日本の場合は、幼稚園児や小学生のガキッちょばかりかも)当然のように、この娘に目を付ける。99%ストーカーだね。
 
ここで、ちょっと疑問に感じたのだが、この娘の父親が、娘の看護のために専属の看護師を指定出来るのだったら、普通は女の看護師にするんんじゃないか?しかも、この父親は精神科医で、この看護師の男は、以前にカウンセリングを受けに来たことがあるらしい。(ま、ここはこの映画のキモだから、黙っておいた方がいいのかも知れない)◆解除◆
 
もうひとりの男の職業が、旅行ガイド本専門のライターというのも、かなり強引な設定だった。しかも、この男、闘牛を観ても、歌を聴いても、涙を流す。こんなに感動過多症の男が書いた旅行ガイド本は、きっとどの観光地も、絶景ばかりで、正に目の保養地、地上の楽園だと書いてあるだろうから、実際に現地に行ったら、がっかりの連続と違うか・・・。
 
男が涙を流した闘牛の話に戻ると、別に牛がカワイソ-と思ったのではなさそうだ。死と隣り合わせの闘牛士のエロチシズムに感動したのだろうと、好意的に解釈した。うまい具合に、このときの闘牛士が女だった。この女闘牛士と紆余曲折の末にいい仲になって、しかも、女闘牛士が牛にこづき回されて植物人間になってしまって、同じ病院に送り込まれて来る。もちろん、付き添いで男が泊まり込むワケだ。これで主役の男ふたりと脇役の眠れる女ふたりが勢揃いだ。 
 
◆◆ネタバレ注意◆◆ここで、劇中劇というか、映画中映画が挿入される。この映画がとんでもない代物だった。おいおい、どこ写すんだ。あのどんどん縮んでしまう男の話は、昔、落語かショートショートみたいなので、聞いたか、読んだかしたように思うのだが、記憶違いか?◆解除◆
 
確かに、アカデミー賞の脚本賞を受賞しただけのことはある。こんな下手をしたら、えげつない話をなんとなく純愛映画みたいに丸め込んだのだから、相当な脚色腕力の持ち主と認めざるを得ない。
 
トーク・トゥ・ハー(2002)スペイン talk to her 
出演:レオノール・ワトリング、ダリオ・グランディネッティ、ハビエル・カマラ、ロサリオ・フローレス