『ギター弾きの恋』は、もう30分長かったら、後半のエピソードもう少し丁寧に撮っていたかも知れない。

まず最初に、この映画は邦題がおかしい。『ギター弾きの恋』といったら、「セロ弾きのゴーシュ」みたいな村の純朴な青年と村娘との淡い初恋話かと勘違いするじゃないか。ところが、どっこい、 この映画の主人公は、見栄っ張りで、女好き、酒好き、賭けビリヤード好き、浪費癖&盗癖、貨物列車見物マニアという趣味の持ち主にして、どぶねずみをピストルで撃って快感を得るという妙な性癖まである。あろうことか、かつて女衒だったこともあるというろくでなしの小悪党なんだが、唯一の取り柄が、天才的ギタリストということだ。
 
この男の弾くギターの音色は、甘く切ないなんていうものじゃない、嫋々たる調べというか、ギターで泣き倒すのだ。ヨーヨーマもびっくり。かつてテレビのワイドショーとか、ニュースショーを賑わしていた例のピアノマンも、『白鳥の湖』のほかにビートルズナンバーを弾いたらしいが、やはりり『イエスタデー』とか『ヘイジュード』とかだろう。間違っても『バック・イン・ザ・U.S.S.R』なんかではないだろう。
 
だいたい、最初の出会いからしてナンパしたので、しかも、二人連れの一人が物を言わないということが分かったら、もうひとりに乗り換えようとする。それでも、同棲まで漕ぎつけたのだから、お互いキライでなかったのだろう。ただ、どうしてもこの物を言わない子は地味な子だから、このおにいちゃんには合わん。とうとうある日、トンズラをかました。 
 
◆◆ネタバレ注意◆◆その後の、作家志望のおねえさんとの衝動的結婚~よろめき~不倫発見~破局話は、結構端折ってある感じだった。まぁ、もう30分長かったら、後半のエピソードをもう少し丁寧に撮っていたかもしれない。ウディ・アレンの映画は1時間半くらいの長さ(ここは尺というのが業界用語みたいだが、映画関係者でもないのに、この業界用語使うのは気恥ずかしいから、長さと書いておこうと思ったが、上映時間としたら問題なかったかも)のものが多いように思うのだが、あれって、2本立て公開映画に丁度いい上映時間じゃないだろうか?ウディ・アレンは2本立て公開映画にこだわっているんじゃなかろうか・・・。2本立てということは、つまり、小品ということだ。この前の『ターミナル』みたいに話は、小品なのに舞台設定だけは超大作というのはアンバランスだけど、この映画の舞台設定なら、小品に丁度いい。
 
いずれにしても、悲恋ものでも、純愛ものでもないことだけは確かだ。ものを言わない子も、二人きりになったら積極的だったし、捨てられた後も、しっかり生きていた。アメリカ人は、いろんな意味でタフなんだろう。多少は鈍感なのかもしれない。◆解除◆
 
ショーン・ペンは、この映画でも見事な怪演ぶりだった。高田純二と見まごうばかりのC調男かと思うと、小心翼々の臆病もの男になったり、芸術至上主義の傲慢男、ミーハーなミュージシャンと、複雑な彼を好演していた。確かに、元々ウディ・アレンは自分が主人公の役をやるつもりで脚本を書いているから、他のウディ・アレン映画の影みたいなものを感じるシーンが時々あった。しかし、さすがというべきか、この映画は、まごうことなくショーン・ペンのものだった。ウディ・アレンのギタリストでは、イカにも、ちょっと神経質なジャズ芸人の域を出なかっただろう。その点、ショーン・ペンは天才アーティストになりきっていた。 
 
ものを言わない小娘役のサマンサ・モートンもなかなかよかったけれど、ユマ・サーマンが気に入った。この女優、あのゲーリー・オールドマンと離婚した後『ガタカ』に出てたときに知り合ったイーサン・ホークと結婚しているのか。なんといっても『キルビル』だ。ゴージャスなんだが、馬鹿なインテリ女の感じがよく出ていた。
 
原題の『Sweet and Lowdown』は、どう訳せばピッタリくるのだろ?Sweetは、甘い、甘美な、甘口(あまくち)の、という以外にも、優しい、思いやりのある、親切な、という意味もあるらしい。もちろん、名詞だったら「甘いもの」だが、この場合は、複数形のsweetsになるのが一般的みたいだから、ここでは形容詞なんだろう。sweet and sour (bitter) of life は「人生の苦楽」だ。
 
もうひとつのLowdownは、名詞では、内幕とか真相とかの意味になるらしいが、形容詞では、文字通り、「非常に低い、身分が低い」が第一義で、そこから派生して、下劣なとか、卑劣なとか、不誠実なの意味に使われるらしい。ということは、この原題は、『甘く不誠実な』といった感じだろうか?こちらの方が、魂をとろけさすような甘美な演奏をするけれど、人間的にはだらしない天才ギタリストという主人公の人となりを言い当てているようにも思う。
 
自伝風ドキュメンタリー映画仕立てにしてあったが、あの仕立てを思いついたときに、ウディ・アレンは「これだ」と思ったのかも知れないが、あまり成功してなかったのじゃなかろうか?
 
ギター弾きの恋 Sweet and Lowdown (1999) アメリカ