『トゥルー・ロマンス』は、何となく暴力に対する恐怖感とか嫌悪感みたいなものが麻痺してくる。

「おいおい」という感じだった。大体、サニー知葉の3本立てカンフー映画に、あんなケバいの若い格好の女の子が、それもひとりで観に来る筈がない。なにしろ、冬だというのに肩出し胸あきの真っ赤なドレスに毛皮のコートだ。一目見たらその業界のお方と分かるだろう。
 
その上、ポップコーンを主人公の頭にぶちまけるし、映画館のなかでタバコを吸うし、傍若無人とはこのことだ。いくら奥手のおにいさんでも、こりゃあ怪しいと思うだろ。しかし、怪しむ様子はまったくない。一緒にパイを食べに行って、そのままベッドインだ。
 
翌朝。やはり彼女はコールガールだった。しかも、主人公のおにいさんが勤めているコミック本の本屋の社長が、誕生祝いに贈ったというか派遣したコールガールということだったが、そんな社長おらんぞ。
 
と。まぁ、初っ端からとんでもない展開が続くのだが、これはこれで、まぁいいんじゃないという感じで観ていた。なんといっても、アラバマ役のパトリシア・アークエットがよい。ケバいのは思い切りケバいのだが、結構純情で一途な女だった。
 
クリスチャン・スレーターがやっている主人公の方は、どう見ても、もてない君の典型だった。何しろ、趣味がカンフー映画やコミック本で、尊敬しているのが、エルビス・プレスリーなんだ。どっちかというと地味、無口、影薄いっぽい印象だったのだが、それが、アラバマと意気投合して、すぐに結婚届を出した途端に、なんか急にしゃべりまくりだす。着ていのる服もアラバマに影響されたんか、すごくケバくなっている。
 
ここら辺りから、話はずんずんずんずん急展開を見せる。バイオレンス・シーンてんこ盛りだ。こういう映画では、暴力が売りものなんだろうが、何となく暴力に対する恐怖感とか嫌悪感みたいなものが麻痺してくる。いつぞや北野武監督が、これでもかというくらい暴力シーンを見せることで観客に痛みを感じさせられたら、観た人は自分も暴力を振るわなくなるのじゃないかと言っていたように思うが(うろ覚え)、そうは思えない。
 
元々、日本人はわりと穏やかな性格の民族だったように思う。といっても、歴史上むごい殺され方をされた人は、いくらでもいただろうが、全般的に、あまり凶悪な犯罪者というのは少なかったんじゃないだろうか?それが、近頃酷い犯罪が増えてきた。外国人による犯行も増えているようだが、日本人、それも若い奴が無茶をする。それもこれも、暴力に対する麻痺が根本的な原因じゃないだろうか? 
 
◆◆ネタバレ注意◆◆この映画でも、殺し屋の男が、一人目のときは殺した相手の様子をしっかり見届けられなかったが、2度、3度と場数を踏むうちに、相手の表情を楽しむ余裕が出てきた言っていた。それが何人もの人を殺めるような外道の性というものだろう。
 
この映画、脇役陣がもの凄いことになっている。まず、『レオン』のブチ切れ麻薬捜査官役のゲイリー・オールドマンは、この映画でもキレまくりの女衒にして麻薬ディーラーだった。ハッキリ言って、演技と思えないキレ振りだった。クリスチャン・スレーターとの格闘シーンに、まず度肝を抜かれた。次に、主人公の親爺さん役のデニス・ホッパーが、これも曲者役者クリストファー・ウォーケンを口撃しまくる。このシーンは圧巻だった。さずがデニス・ホッパーだ。それから、パトリシア・アークエットとの壮絶なバトルを繰り広げる殺し屋の男、あの役者はなんという名前?
 
ブラッド・ピットは、一体何しに出てきたんだという感じだった。ヤク中男で、殺し屋にふたりの居所を教えるというだけの役だが、別にいてもいなくてもいい。
 
この前の『クライム&ダイヤモンド』でもそうだったが、この映画もハッピーエンドだ。犯罪をテーマにした映画の場合、犯罪者がそれなりの報いを受けないと観客が納得しないと昔は言われていたものだが、近頃はどうもそうでもないみたいだ。(そういえば、『ゲッタウェイ』が犯罪がペイする映画の最初だったんじゃないか?)この映画の脚本は、タランティーノが『レザボア・ドッグス』の資金集めのために、泣く泣く売った処女脚本だったらしいが、タランティーノは、確信犯的にハッピーエンドにしたかったみたいだ。「ホントにハッピーエンドでいいのか?こんなはちゃめちをやっておいて、そりゃないだろ」と思うのだが・・・。少なくとも最後のシーンはいらんだろ。何となく曖昧な終わり方でよかったと思う。◆解除◆
 
トゥルー・ロマンス TRUE ROMANCE(1993) アメリカ