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『ペーパームーン』は、話が行き当たりばったりにはならないから、観ていて腹は立たないロードムービーだ。

久方ぶりに『ペーパームーン』を観た。40年ぶりくらいか?この映画、元々戦前のトーキーみたいな感じになるように、当時ではもうほとんどなかったモノクロ・スタンダード画面にしてあるから、今観ても格別古くなったという感じはあまりしない。
 
かなり前に『都会のアリス』をけちょんけちょんに貶した時に、ご贔屓の『レオン』と比較していたのだが、同じ比較をするのだったら、これとしろよという意見もあった。確かにこの映画も、中年の詐欺師の親父とこんまい女の子の道行きロードムービーなんだが、『都会のアリス』と違って、話が行き当たりばったりにはならないから、観ていて腹は立たなかった。
 
ま、よくできている(何をエラそうに)。ただ、「9歳でここまで世間智に長けているような、こんなませたガキはいないだろ!」というのが正直な感想だった。しかし、近頃のガキなら、この程度の詐欺だったら、お茶の子さいさいでこなしてしまうのかも知れない。
 
この映画にしても、『レオン』にしても、主役は女の子の方だった。『レオン』はレオンが主役だろと言われるかも知れないが、あの話もよく考えれば、レオンはマチルダの復讐計画に巻き込まれたというか、片棒を担がされたというか、やたらマチルダが主導権を握ってレオンをリードしていた。この映画のアディという女の子も、詐欺の片棒を担ぐというより、もっと積極的に悪事に参加していた。詐欺力では、この子の方が一枚上手といった感じだった。
 
ところが、『都会のアリス』の場合は、あくまでおにいさんが主役で、女の子は脇役だった。あのおにいさんが女の子をそこら中連れまわしていたのだ。まぁ、そんなことはどうでもいい。あの映画より『レオン』の方がお気に入りだというだけのことだ。
 
さて、この映画の話に戻ろう。1930年代のドルの値打ちはどの程度のものだったのか?アディの母親をひき殺した男の兄貴に示談にしてやると言って、金をだまし取りにかかっていたが、結局200ドルで手を打って、その金で中古車を買っていた。買うた車が200ドルだったとすると、(それまでに乗っていたボロタンを下取りに出しているだろうから、250ドルくらいか?車の値段が現在の日本円で50万円くらいとしたら、1ドル2000円のレートになる。ということは、詐欺商法のネタに使っていた8ドルの金文字名前入り聖書は16000円ということだ。ま、それくらいの金だったら、騙される善良な人も多かったかもしれない・・・。
 
それから、アフリカ系アメリカ人のメイドの子が自分の雇い主のおねえさんを「25ドル(5万円)だったら、道の真ん中でもパンツを脱ぐだろう」と酷評していたけれど、ま、5万円なら妥当な相場か?そっち方面は盆暗だから、よくは知らないのだが・・・。
 
この映画の舞台は、アメリカ中西部のカンザス州だ。カンザス州とミズーリー州は隣合っている。カンザスシティは、カンザス州側とミズーリー州側に川を挟んでまたがっていて、どちらかいうとミズーリ州側の方に人が多く住んでいるというややこしい街だ。それだったら、ミズーリーシティにしろよと思った。ま、グレートプレーンズ(大平原地帯)の真っ只中にあるから、ちょっと街を出ると、見渡す限り何もない。地平線だけ。その中を地の果てまで続く一本道が通っている。山頭火の『まつすぐな道でさみしい』というのは、こんな道かも?
 
あの映画の『時そば』みたいな詐欺の手口、ぼうっとしていたら、よく分からなかった。そこで再検証してみると・・・、
 
まず、50セントくらいの安いもの(商品)を買って、5ドル札を出す。釣り銭を受け取ってから、もう5ドル出して、「さっきの5ドルと合わせて10ドル札にしてくれ」と言うのだが、確かに客が立て込んでいたりしたら、うっかり両替と勘違いしてしまいそうだ。これって、結局9ドル50セントと商品を掠め取られたことになる。
 
テイタム・オニールは、この映画でアカデミー賞の助演女優賞を最年少で受賞したそうだが、確かに大した名演技だった。その後、ジョン・マッケンローの嫁さんになっていたらしいが、離婚してカムバックしたものの、名子役は大成しないという格言(?)どおり、鳴かず飛ばすだった。『バスキア』にも、ちょい役で出ていたらしいが、気がつかなかった。
 
実の父のライアン・オニールも『ある愛の詩』の他には、この映画と『バリー・リンドン』くらいしか代表作がない。と言っても、『バリー・リンドン』は、キューブリック監督の手柄だけど・・・。
 
ペーパームーン Paper Moon (1973) アメリカ  
監督: ピーター・ボグダノビッチ