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『ミツバチのささやき』は、ま、映像的には名作の誉れ高いだけのことはあって、上品な絵画という感じだ。

究極の淡々狸映画なんだが、純文学映画というか、光と影が彩なす泰西名画的映画というか、あやしうこそものくるほしける空蝉の世のはかなさを、それこそ、ぼそぼそささやくように語っていた。ま、映像的には名作の誉れ高いだけのことはあって、上品な絵画という感じだ。それにしても、唐突な終わり方だった。
 
ビクトル・エリセという監督は、たぶんデリカシーが服を着て歩いてい
るような親爺なんだろう。近寄りがたいというか、誰も寄せ付けないというか、めちゃめちゃ気むずかしいんだろうなと思った。
 
このところ子供が主役の映画をたて続けに4本も観た。『ブリキの太鼓』と『マイ・ドッグ・スキップ』と『ペーパームーン』とこの映画だ。ま、『マイ・ドッグ・スキップ』は犬が主役とも言えるが・・・。
 
ブリキの太鼓』の主役の男の子(名前は確かはオスカルだった)は、不気味、キモイの極みだったが、この映画の主役のアナ・トレントは、西洋人形みたいなつぶらな瞳で、歩いているだけで絵本の挿し絵になるというか、めちゃめちゃ愛くるしい。不思議の国のアリスを具現化したようなかわいらしさだった。 ま、ロリコンには堪えられないだろう。
 
ただ、この映画のように子供を主人公にした映画は、主人公に感情移入しようと思っても、相手が小さすぎて感情移入しにくいとこがある。そういう意味では、若い衆をそそのかしたりしない分、罪がない映画と言える。これが14〜5歳くらいの女の子が主役だったら、ややこしいことになってたいただろう。
 
◆◆ネタバレ注意◆◆ 小学校の低学年、1年生か2年生くらいの感じだ。この年頃の子供が世界をどう認識しているのか?死についての具体的イメージがあるのか?児童心理学の専門家じゃないからよく分からないのだが、アナちゃんは、村に巡回してきた『フランケンシュタイン』の映画のなかで、フランケンシュタインによって殺されてしまった少女のことが、気になって仕方がなかったみたいだ。
 
寝る前に、ベッドのなかで、お姉ちゃんに「なんで殺されたん?」と聞くのだが、お姉ちゃんの方も、いい加減な返事をするものだから、すっかり村はずれの廃屋に実際にフランケンシュタインがいると思いこんでしまったのが、この映画の発端だ。
 
それと、毒キノコの踏みつぶしエピソードやら、お姉ちゃんの死んだ真似エピソードやら、列車飛び降り男(この男、線路が直線のところで飛び降りたものだから、脚を怪我してしまった。普通は、カーブの手前でスピード落としたところで、飛び降りるんじゃないか?)銃殺事件やら、なんだかんだで、どんどん死そのものに近づいて行く。
 
ところで、書斎で書き物をしたまま眠りこけてしもたらしい父親に、母親がそっと毛布かなにかを掛けるというのは麗しい夫婦愛みたいでいいのだが、その後、親父さんの顔の下になっていたノートを引っぱり出したり、掛けていたメガネを外したりしたら、大抵目が醒めるんじゃないか。あのシーンも、親父さん、死んだ真似をしてたのだろうか?◆解除◆
 
それにしても、ひとつ一つのシーンは、監督が「次はこんなシーンを撮る」と言って、唯我独尊的に撮っていたのだろうが、周りのスタッフは、今何故このシーンを撮っているのか、ほとんど理解してなかっただろう。例えば、猫がドアから入ってくるシーンなんか、筋とあまり関係がないのだが、あのシーンを撮るだけで、100回は撮り直したんじゃなかろうか・・・。土門拳が、法隆寺室生寺か、あるいは、どこかの寺の写真を撮るために、一日中カメラの前に座って光待ちしていて、いつまで経ってもシャッター切らなかったのとよく似ている。 
 
英語版タイトルは『Spirit Of The Beehive』だから『ミツバチの巣の精霊』というのか?奇妙な題だ?それよりも、この映画の内容では『ミツバチのささやき』の方が合っているんじゃないかと思わせるような、邦題の希有な成功例だった。 
 
それにしても、映画好き文学青少年の深読みにぴったりの映画だ。きっと、そこら中にその手の深読み映画評が出回ってるいることだろうから、こちとらはあっさり味にしておこう。
 
ミツバチのささやき El Espiritu de la Colmena (1973)スペイン  
出演:アナ・トレント、イサベル・テリェリア