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『父の祈りを』は、なんたる話だ。イギリスに正義はないのか?

冤罪を扱った映画とは露知らずに観始めたものだから、最初はてっきりバカっぽい若造の無鉄砲話かと思った。それにしては、舞台がアイルランドで、IRAのテロがどうとか言っている。こりゃあ、硬派の映画みたいだと思っていると、主人公は、「おら、ロンドンさ行くだ」と言って、船に乗って、船上で幼なじみのもうひとりの若い衆と一緒になって、ロンドンのヒッピーのたまり場みたいなところに転がり込んでしまった。
 
やはり、無鉄砲フリーセックスものかと思い直したら、今度は金を盗んで、ど派手な格好をして故郷に錦を飾るじゃないか。この映画、一体どこへ行くんだと思っていたら、ロンドンの爆弾テロ犯の濡れ衣を着せられて逮捕だ。しかも、脅迫やら暴力やらの汚い手を使われて、自白を強要されて、さらに、息子の逮捕を心配した父親やら叔母さんやらその息子さんらが集まって、善後策を考えているところを警察に踏み込まれて、爆弾製造の後方部隊にされてしまった。ヒッピー仲間をやっていた男女2名も、北アイルランド出身だというだけで、仲間にされてしまった。
 
なんたる話だ。無茶苦茶じゃないか。犯人のでっち上げは、イギリスのテロリスト防止法の暴走というか、爆弾テロの犠牲者の遺族への免罪符として、スケープゴートが必要だったからや。イギリスに正義はないのか?ホントひどい話だ。それにしても、自白調書だけで有罪にできるのだろうか?
 
◆◆ネタバレ注意◆◆ お話変わって、イギリスの刑務所は、凶悪犯と一般犯がごちゃ混ぜに収容されているみたいで、かなり自由に行き来できるみたいだ。この若者の場合も、ムショのなかでタバコを吸っているし、あろうことか、LSDでラリッていた。いくら親子だといっても、父親と息子が同じ房に収監されるというのも驚きだった。 
 
アメリカの刑務所ほど人種間のいざこざは起きないようだが、ここにホンマもののIRAのテロリストが捕まって、収監されてきた頃から、雲行きが怪しくなってきた。こいつは自分が真犯人やと供述しとていたのに、当局はそれを握りつぶした。すったもんだの末(ちょっとはしょりすぎかも)に、敏腕女性弁護士の機転もあって、冤罪を晴らし、無罪を勝ちとるのだが、逮捕から15年も経っていた。◆解除◆
 
主人公の愚かな若者役のダニエル・デイ・ルイスは、8年後『ギャング・オブ・ニューヨーク』では、アイルランド系移民グループに対立するオランダ系移民グループのブッチャー(肉屋)役で無茶していた。
 
このバカ息子の父親役をやっていたビート・ポスルスウェイトは、なかなか渋~い名演技だった。こんな親爺、日本にもいそうだ。敬虔なクリスチャンかどうかは別にして・・・。
 
北アイルランド問題は、プロテスタントカトリックの宗教問題と、イギリスとアイルランドの政治問題と、ケルト系とアングロサクソン系の民族問題が三つどもえ、がんじがらめ、まんじ固めになっていたらしい。
 
アイルランドにおいては、北部は英国にとどまり続けるべきだと言っているユニオニスト(合同主義者)=ロイヤリスト(王室主義者)VS 北部と南部を合わせた32州の独立を主張しているナショナリスト国家主義者)=リパブリカン(とにかく王政に反対の共和主義者)という構造らしい。両陣営がお互いにテロ攻撃を仕掛けたから、復讐が復讐を生み、泥沼化してしまった。さらに、IRAの過激派がロンドンで爆弾テロ攻撃を始めたのが、この映画の頃だった。
 
原題の『IN THE NAME OF THE FATHER』の和訳は、常識的には『父の名の下に』だろ。『父の祈りを』という邦題にしたら、なんだか宗教ものみたいじゃないか?この映画は裁判ものではないのか?
 
父の祈りを In The Name of The Father (1993) イギリス、アメリカ