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ヤン・シュヴァンクマイエルの『アリス』は、子供向きとは言い難いが、真夏の夜の悪夢くらいの感じかな。

ヤン・シュヴァンクマイエルは、1934年チェコプラハ生まれだから、もう80過ぎの爺さんだ。この映画の製作当時で50代前半。3年がかりで作ったそうだから、まさに力業と言える。いや、頭が下がる。それにしても凄いイマジネーションの持ち主だ。冒頭の水面に石を投げるシーンをはじめ、紅茶茶碗にも石投げ入れていたし、何回も石を投げる(積み木を投げたりもするし、ガラスが割れるシーンも結構あった)シーンがでてくるのだが、あれってなにかの象徴?
 
こういう映画は、深読みしだすと霧のない摩周湖だが、あの涙の海(というか水たまり)で溺れそうになるシーンで、唐突に『滂沱(ぼうだ)として涙が流れる』という小難しい言い回しを思い出した。涙の海はさぞかししょっぱいことだろう。さらに、ねずみがトランク引っぱって泳いできて、女の子の頭の上でたき火し始めるシーンでは、落語の『頭山(あたまやま)』を思い出した。そう言えば、『頭山』をネタにしたアニメーションを山村浩二いう日本人アニメ作家がつくって、第75回アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされたのを始め、そこら中のフェスティバルで賞もらっていた。
 
シュールリアリズムが一斉を風靡したのは第一次大戦後のヨーロッパでだが、20世紀の後半になっても、21世紀になっても、東欧の小国とジャパンのアニメ映画の中で、連綿とその末裔のような作品が作り続けられテいるという訳だ。いや、シュールリアリズムの手法は、TVコマーシャルや広告ポスターでは、いまだにしょっちゅう試みられている。
 
この映画、エロ・グロ・ナンセンス度のうちの、エロ度はほとんどない。マニアックな映画なんだが、ロリコン方面の人たちにはあまり受けないだろう。ひたすら気色悪い攻撃で、観客をげんなりさせるグロ度も大したことはない。ナンセンス度は相当高いが、元々『不思議の国のアリス』そのものが、ナンセンス文学の極みだから、妥当なナンセンス度だ。ただ、マッドハターとマーチヘアは出てくるが、大のご贔屓のチシャ猫が出てこなかった。それとハンプティ・ダンプティドードーも出てこないのはちょっとさみしい。
 
ホワイトラビットというキャラは、この映画の助演男優賞をやってもいいくらいの名演なんだが、あのおなかの裂け目からおが屑まみれの懐中時計を取り出して舐めるシーンが何度もでてくるところをみると、ヤンさん、よっぽどあのシーンが気に入ってたのだろう。それと、靴下がイモムシ(というか、もう少し奇怪な宇宙生物みたいなガーデンイール風)になるのは、アホらしゅて、やがて、おもしろかった。
 
ヨーロッパのアンティーク風の文物は、総じて魅力的なんだが、この映画でも、三角定規やら、コンパスやら、鍵やら、骨格標本やら、剥製やら、ガラス瓶やら、インク壺やら、なにやら、カニやらが、イカにも、タコにも、古色蒼然の雰囲気を醸しだしていた。
 
ま、子供向きとは言い難いが、ファンタジー映画好きにとっては、夢でうなされるるほどの、えげつなさはないので、真夏の夜の悪夢くらいの感じかな。『悦楽共犯者』という完璧に大人向けの作品もあるそうだが、今度はそっちを観てみようかと、恐いもの見たさで、触手を蠢かしている今日この頃だ。
 
アリス ALICE (1988) スイス、西ドイツ、イギリス  
監督・脚本・デザイン:ヤン・シュヴァンクマイエル
アニメーション:ベドジフ・ガラセル 
出演:リスティーナ・コホウトヴァー