「蝉しぐれ」は凛とした映像ではあった。しかし・・・。

凛とした映像ではあった。しかし、原作と映画のどちらがよいかと問われたら、(問われていないが)原作に軍配を挙げる。やはりこの小説を2時間に凝縮するのはいささか厳しい。「ロード・オブ・ザ・リング」みたいに、少年期、青年前期、青年後期+エピローグの3部作にしらよかった。もう一つ、道場の兄弟子、矢田の妻女、淑江のエピソードをエピソード1として4話完結でどうか、と言われても、返事に困るだろうが・・・。
 
藤沢周平ものでは、山田洋次監督の「武士の一分」は観ていないが、同監督の「たそがれ清兵衛」と黒土三男監督が脚本を担当したTV版「蝉しぐれ」は観た。TV版「蝉しぐれ」は「たそがれ清兵衛」よりはよかった。TV版「蝉しぐれ」は、第一話の冒頭から中年になった文四郎(助左衛門を名乗っていたが)が出てくる構成に、いささかのとまどいがあったが、映画の方は、原作に忠実に川で顔を洗っている文四郎と洗濯しているおふくちゃんとの中指の思い出エピソードから始まっていて、こちらの方がやはりしっくりきた。
 
映画の子供時代のおふくの役をやっていた佐津川愛美は、目元ぱっちりの顔立ちなので、ちょっと感クルーわだった。映画公開当時16歳だった彼女も今や26歳、イマイチパッとしない。TV版はあえて子役を使わず、内野聖陽水野真紀が、老け役の反対の若作り役で押し通したが、年齢的な不自然さは否めなかった。文四郎15才、おふくちゃん12才くらいの年端もいかない子供の設定だから、いくらなんでも、無理。というか、これでは下級武士の小せがれと同じ境遇の小娘の淡い恋心は、微塵も感じられなかった。ここのところも、映画版はまだしも実年齢に近いティーンエイジャーを起用したのは正解。近頃のガキはませているけれど、大人になっても、精神年齢は幼いままだ。昔の日本人は現代の日本人に比べて精神年齢がかなり高いから、今時の20才は昔の14・5才といい勝負だろう。
 
しかし、まあ例の荷車で父親の遺骸を運ぶ坂道のシーンは、ぐっときた。原作では、確か友だちもいっしょに荷車を押してくれていたと思たのだが(うろ覚え)。ここは少年少女のふたりだけにした方が、映画的演出としては優れていた。江戸屋敷に奉公に出されるおふくちゃんが、暇乞いに来たのに、文くん(といったら中国からきた留学生みただが)と会えなくて、とぼとぼと浜辺を歩くシーンは、画面が現代的すぎて変。「男女七人夏物語」じゃないんだから、ビーチには行かないんじゃないか。江戸時代の武家娘は、たぶん土手にしゃがみ込んで呆然と遠くの山でも見つめるのじゃなかろうか。ま、それは措いておいて、蝉しぐれは、少年の成長物語なんだから、できれば「北の国から」みたいに、このふたりが実年齢で青年になるまでをじっくり腰を据えて撮って欲しかった。
 
何故かといえば、市川染五郎の青年文四郎が、いまいちしっくり来なかった。梨園の御曹司だけあって、上品すぎるというか、えらい二枚目だ。端正な役者顔では、田舎藩の下級武士の感じが出せない。いくら文四郎が結構颯爽としたいい男であったとしても、決して都会の若者ではない。しかも、市川染五郎は、映画出演の時点で、30歳を過ぎていただろうに、デカプリオといっしょで年齢不詳なところがある。若いんだか、歳くってんだか、判然としない。こんなにつるっとした顔立ちの文四郎は、我らが文四郎では断じてない。まだしも内野文四郎の方が、泥くさい田舎の若侍の感じがした。
 
成人したお福さまは、木村佳乃がやっていたが、これもTV版の水野真紀の方が、田舎もんぽくてベターだった。木村佳乃は、TVの時代劇で中流の武家娘役をしていたのを観て、如何にも武家娘らしいきりっとした芯の固さがあって、ぴったしだと感心たことがあったから、この映画でも期待していたのだが、「あか抜けはりましたなぁ」の感が否めない。江戸の水で顔を洗ったら、あか抜けするといっても、ちょっとやり杉!
 
その他のキャスティングについては、ふかわはよかった。今田はいまいち。江戸に学問修行に行くほどのカシコに見えなかった。緒方拳の父子の別れのシーンは圧巻。大滝秀治はいつでも大滝秀治。矢田のご新造、淑江さん役の原沙知絵ちゃんは、結構贔屓にしてる女優さんだが、もう少し内に秘めた情炎の陰りが欲しかった。ここは、やはり高島礼子かな・・・。
 
原作では、未亡人となった淑江さんのエピソードが出てくるが、この映画ではほんのちょい役でしかなかった。小倉久寛のお父ちゃんと根本りつ子のお母ちゃんから、おふくちゃんが生まれるとは思わレンジャー。
 
さすがに、映画はじっくりロケできるから、自然描写はすこぶるよい。音楽もよい。欅屋敷での立ち回りは、ちょっと噴飯もの。あのラストシーンでは、世を忍ぶ逢瀬のように感じられなかった。藤沢周平は小説を読むに限る。
 
蝉しぐれ (2005) 日本
監督・脚本:黒土三男