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『パッチギ!!』は、けなすのも、批評するのも難しい。

この映画、けなすのも、批評するのも難しい。若かりし頃の映画だ。とはいえ、この映画のような派手な喧嘩はしたことはないのだが・・・。京都の九条と大阪の南区(今はもうない)では、周囲の事情も環境も思い切り違う。
 
確かサンケイホールだったと思うが、フォーク・クルセダースのラストコンサートに行った。あの300枚限定だった(?)自費出版レコードも、友達の兄貴が持っていたので、聴いたことがある。「イムジン河」は、当時からよく知っている歌だった。
 
はっきり言って、あの頃のことは、あまり思い出したくない。「僕は二十歳だった。これが人生の最も美しい年齢などと誰にも言わせない」と言ったのは、「アデン・アラビア」のポール・ニザンだが、18歳の頃の方が、もっと美しくなかった。その後の人生が美しいかと言ったら、汚濁塗れの半世紀だったのだが・・・。
 
しかし、この映画が、あの頃のことをまざまざと思い出させるかというと、そうでもない。あまりにも別次元の世界だった。私のまわりでは、結構仲良くしていたんじゃないだろうか?高校には、在日中国人(とは言わない、華僑という)とか、在日朝鮮人(か韓国人かも分らなかった)とかが、結構いたのだが、普通に付合っていたし、結構いい奴だったりした。
 
同級生にひとり、めちゃめちゃ腕っ節の強い奴がいて、ケッコー仲がよかったのだが、ある時、そいつが急にぶち切れ、学校のトイレで喧嘩が始まって、傍観者だった私には、何が原因だったのかも分からなかったのだが、それが人間の暴力が持つ、吐き気がするような気持ち悪さを目の当たりにした最初だった。
 
彼の国の女子と深い仲になったこともなかったから、「結婚したら、朝鮮人になれるか?」みたいなややこしい事態もなかった。というか、南北問題だとか、強制連行だとか、民族差別だとかを腹を割って話す機会がほとんどなかった。知らんぷりを装っていただけなのかも知れない。ただ、鶴橋の国際マーケットには、足を踏み入れられなかった。あそこはよその国だった。
 
井筒監督も、この映画で描けることと描けないことの境界線を見極めるのが難しかったのだろうと思う。やんちゃなガキ同士のけんかに限定しないで、もっと南北問題とか差別問題とかに踏み込んだら、やはり、いろいろと・・・。
 
そこで、沢尻エリカ嬢だけれど、かわいらしいのは確かだが、チョン・ガンジャ役の真木よう子の方が、私的には気に入った。先日、沢尻エリカが「ヨルタモリ」にゲストで出ていたが、宮沢りえの方が、数倍チャーミングだった。
 
パッチギ! (2005) 日本
監督:井筒和幸 脚本:井筒和幸 羽原大介