『甘い生活』という、いかにもデカダンムードいっぱいのタイトルに騙された。

甘い生活』という、いかにもデカダンムードいっぱいのタイトルに騙された。やはり甘い話には気をつけないといけない。この映画、公開当時イタリアで物議を醸し、そのおかげで大ヒットしたらしい。日本もまだまだヨーロッパの巨匠崇拝の時代だったから、結構評判になったらしいが、題名に釣られて映画館に行った好き者のオヤジたちは、あまりに退屈すぎる映画で、きっと途中で寝てしまったことだろう。
 
30年くらい昔に名画座で観ている。当時どんな印象を持ったのか定かではないが、冒頭のキリスト像の空輸シーンとアニタ・エクバーグのトレビの泉のシーンだけは、強烈に記憶している。この映画のハイライトは、噴水のシーンにつきると言っても過言ではない。
 
アニタ・エクバーグは、かなり大柄な女優で、もともと大柄か小柄かどちらかに偏った女の子が好みだった。中肉中背というのはどっちつかずで、いまいち惹かれない。あの役はマリリンモンローをイメージしていたのかも知れないが、モンローがやるより、アニタの方が大きな赤ちゃんみたいでハマっている。
 
そのアニタ・エグバーグは、今年の1月11日に亡くなっていた。享年83。合掌。この映画の撮影の時は、27か8くらいだったようで、半世紀前の映画にも関わらず、その美貌は古くさくない。しかるに、近影を拝見すると、相当顔面が崩壊していた。う~ん、時は残酷なり!
 
しかし、このアニタちゃんが出てきたシーンは後半の話の展開と何の関係もない。DVDのパッケージ写真にまで使っているのに、ただのエピソードか?まだしも、謎の女アヌーク・エーメの方は、後半にもう一回出てきたが。
 
◆◆ネタバレ注意◆◆この映画は、起承転結といった一般的な筋立てではなく、起(最初のキリスト空輸シーン、ここで一応マルチェロ・マストロヤンニが何者であるかは分かる)承(アヌーク・エーメとの情事でいい加減な奴だと分かる)転転転転転(とそれぞれのエピソードのつながりもなく、雑多なエピソードが続き、この辺りで甘い生活というのが、実は甘っちょろい生活だということが分かる)結(ラストの海辺のシーン)という構造になっている。◆解除◆
 
この映画で、フェリーニが表現したかったのは、転転転の部分で、ローマという永遠の都とそこに住んでいるパッパラパーの生態だ。退廃。享楽。刹那的快楽。狂騒。今で言えば、週末の暴走族のバカ騒ぎといくらも変わらない、というものの、最近はあまり暴走族を見かけない。若い衆のクルマ離れが深刻で、かつてのような「かっ飛びクルマ」が売れなくなって久しい。ただ、当時の日本は貧しかったから、あんなおしゃれなカブリオレに分乗して町中を走り回ったり、どこかの貴族のお屋敷で乱痴気パーティを開いたりできなかった(今もできないだろうが)から、当時の日本人は、憧れの眼でスクリーン上に展開される絵空事を観ていたのだろう。
 
フェリーニは、自作の『フェリーニの8 1/2』の冒頭で、登場人物に映画の出来に対する自己批判というか、自身の作品への痛罵を述べさせている。何とも屈折した天才映画監督だ。
 
ただ、日本がどんなに豊かになっても、紀元前からの遺跡とルネッサンス文化と現代の都市が共存していて、しかも、都市全体に色気があるローマのような街は作れない。残念ながら、ヨーロッパには行ったことがないので、現実のローマがどんな街かは、本当の所は、知らない。残念!
 
しかし、そこで繰り広げられる物語が、こんな益体もない馬鹿騒ぎ、乱痴気騒ぎ、痴話喧嘩でしかないのは、そもそも人間自体が馬鹿ばっかりだから、仕方がないと言えば仕方がないのだろう。今だって、TVのワイドショーは芸能人の惚れた腫れたは鉄板ネタだし、スポーツ紙や週刊誌にはゴシップ記事が満載だし、国会でも、アントニオ某が馬鹿げたパフォーマンスをやっている。号泣県議というのもいたし、なりすましハッカーもいた。偽聾者作曲家というのもいた。そんな馬鹿たちの中にあっては、映像の魔術師が、ややこしい理屈抜きで美しい怪物都市=ローマをスクリーンにぶちまけた『フェリーニのローマ』の方が数等ましだ。いや、これは『甘い生活』の話だった。ところで、例の「おいしい生活」という有名なキャッチフレーズは、多分この「甘い生活」をパロったというか、ヒネリだったのだろう。
 
◆◆ネタバレ注意◆◆それにしても、3時間は長すぎる。もういいかげんにエンディングに持っていけよと思っていたら、やはりラストは純真無垢で可憐な少女だ。ほかに何かないの?ま、結局波の音に邪魔されて主人公のマストロイヤンニがその娘とコミュニケートできないという風に描くところが。フェリーニの只者じゃないところかも・・・。◆解除◆
 
イタリアの映画監督といえば、デ・シーカ(1901~1974)、ロッセッリ-ニ(1906~1977)、ヴィスコンティ(1906~1976)、アントニオーニ(1912~)、ジェルミ(1914~1974)、パゾリーニ(1922~1975)と錚々たる面々が並ぶが、なかでもフェリーニ(1920~1993)は別格みたいだ。
 
この映画監督を国葬にしたイタリアという国もすごい。フェリーニヴィスコンティは、ともにご贔屓だったが、いずれも巨匠と呼ばれるようになってからの作品しかリアルタイムには観ていない。フェリーニが道化師系で、ヴィスコンティが男色貴族系という分類で記憶の中に整理されていた。
 
甘い生活 LA DOLCE VITA(1959)イタリア 
出演:マルチェロ・マストロヤンニアニタ・エクバーグ、アヌーク・エーメ、バーバラ・スティール