2015-08-01から1ヶ月間の記事一覧

ブレードランナー』は、レプリカントに同情してしまった。

SF映画の名作の誉れ高い作品だが、以前にビデオで観たときも、仇役のルトガー・ハウアーの方がいい人なんじゃないかと思ったが、今回『最終版』を観ても、このにいさん、人間としていいとこあるじゃん。 人型ロボットはあくまで機械だが、人間に限りなく近…

『モンティ・パイソン 人生狂騒曲』は、地上のありとあらゆるもので嘲笑の的にできないものなどないという感じだ。

こういう映画が好きか嫌いかと聞かれたら、どっちでもないとしか答えられない。白黒ハッキリしろと詰め寄られたら、「どちらかと言うと、蛇蝎の如く忌み嫌っているワケでは決してない。けれど、なんと言いましょうか?ブラック・ユーモアというのは、日本人…

『ニューヨーク・ストーリー』は、金を出して観るほどの出来ではなかった。

オムニバスの3部作だが、第3話がまだしも面白かった。第1話は、マーティン・スコセッシ監督の中年画家と画家志望の若い娘との情痴話。第2話はフランシス・フォード・コッポラ監督のこまっしゃくれたガキのあほくさ話で、第3話はウディ・アレン監督・主…

『ガタカ』は、観ていて暗澹となる映画だったが、観た後はさほど暗澹とした気分が残らないようにしてあった。

主人公は、両親のカーセックスでこの世に生を享けた出来ちゃったベビーだが、能力的にも人並以上の若者だ。しかし、遺伝子的に何一つ劣るものがない完全無欠のロックンローラー、もとい、完全無欠の適正者(IQだけでなく、運動能力もサッカーのスーパース…

『未来世紀ブラジル』は、なんとも歪んだ世界を作ったものだ。ほとんど全編悪夢だった。

なんとも歪んだ世界を作ったものだ。ほとんど全編悪夢。カフカの「審判」を現代的にというか、近未来的に解釈した映画といったところだ。爆弾テロが横行する超管理&情報化社会(国民総背番号制どころか情報剥奪局という役所まである)という意味では現在の…

『グリーン・デスティニー』というと、熱帯雨林の消滅を嘆くドキュメンタリー映画みたいな題だ。

この映画、話の筋はよく分からなかったが、ワイヤーアクションはそれなりに観ていて面白かった。サーカスのアクロバットや空中ブランコを観るのと基本的には変わらないのだが、移動する空間を思い切り引き延ばし、スピード感を高めてあるから、遙かにダイナ…

『フェリーニのローマ』は、全編やらせのドキュメンタリーだった。

観終わった感想は、おなかいっぱい。イタリアンは決して嫌いな方ではないが、一度にこんな沢山食べたら胸焼けがする。この映画、全編やらせのドキュメンタリーといったところだった。どこにも真実はないが、すべての映像はフェリーニにとっての真実というこ…

『おいしい生活』は、「マズイ生活」をバカバカしく描いた映画だった。

ウディ・アレンの喜劇映画では『ボギー!俺も男だ』を40年くらい前に観た記憶があるが、あれって、てっきりウディ・アレンが監督もしているものだと思っていたら、違っていた。ウディ・アレンの舞台劇の映画化だった。 この『おいしい生活』は、脚本、監督…

『気狂いピエロ』は、ほとんどロマンチック・ファンタジーの世界だった。

伝説的なゴダールの名作だ。破滅に向かってまっしぐらに突き進みながらも、その逃避行の間中、アンナ・カリーナにコケにされまくるベルモンドは、まさに愚か者の典型であって、支離滅裂な生き様(死に様)がカッコよかった。 20才の頃、遅れてきた映画青年…

『東京画』は、小津安に捧げたおまんじゅうじゃなくて、オマージュ映画だ。

小津安二郎大好きのヴィム・ヴェンダースが小津安に捧げたおまんじゅうじゃなくて、オマージュ映画だ。こういう映画につっこみを入れても仕方がないが、ま、普通の映画館で、お金を払って見るような映画ではない。小津安特集の上映会とか、生誕100年記念…

『太陽と月に背いて』どうすんの?

ひとりの傍若無人な少年と30前の男との道ならぬ恋の話だが、ふたりの間にあったはずの芸術がすっぽり抜けているので、なんだか妙に生々しいゲイ映画になっていた。 ランボーとヴェルレーヌが、たとえ出来ていたとしても、朝から晩まで虎のように愛しまくっ…

『御冗談でショ 』は、冗談といえば、すべてが冗談みたいな話だった。

マルクスブラザースの映画デビュー4作目。次作の『我輩はカモである』の後にMGMに移籍し、ほぼ年一作のペースで、主演映画が作られ続けたが、傑作の呼び声が高いのは『我輩はカモである』と『オペラは踊る』とこの映画の3本だ。 特に、後半のフットボー…

『バスキア』は、脇役陣が曲者揃いだった。

こういう夭折した芸術家に弱い私としては、この映画も出来はいまいちとしても、結構気に入った。ニューヨークの落書きアート出身のアーティストとしては、日本ではキース・ヘリングの方が有名かも知れないが、バスキアの方が、文学的というか、かなり社会的…

『リービング・ラスベガス』は、壮絶な酔生夢死の物語だった。

これは、現代の酔生夢死の物語だ。あるいは、ダメ男と娼婦の切ないラブストーリー。客は遊女に惚れたと言い、遊女は客に惚れたと言うのが、かつての遊里での常識だったらしいが、この映画では、客と娼婦として出会った男女が、お互いに惚れあった。 飲み過ぎ…

『クレイジー・イン・アラバマ』は、二つの狂気が同時進行していた。

『マレーナ』のませたボウズは下半身妄想性ストーカー野郎だったが、今回のピージョー少年は、13才にして社会正義に目覚めた男子中学生だった。どちらかというとこちらの少年の方が好きだな。 この映画、ふたつの狂気が同時進行してるのだが、ひとつは、社…

『マレーナ』は鄙にはマレーナ別嬪さんだったが、映画はスカだった。

12才のガキのストーカー行為や下着泥棒を「よく分かる」と思うか「何をさらしとんじゃ」と思うかで、観る人の成熟度が測れる。ロッテのバレンタイン元監督似のこのボウズのやっていることが気味悪かった。やはり。こいつは少々変態じゃないか・・・。 鄙に…

『イル・ポスティーノ 』は、地味な映画だった。なにしろ隠喩(メタファー)がテーマなのだ。

地味な映画だった。なにしろ隠喩(メタファー)がテーマの話なんだから。隠喩というのは、雨のことを「空が泣いている」という類いだ。隠喩で記憶に残っているのは、中原中也の「トタンがセンベイ食べて 春の日の夕暮は穏かです」くらいだ。これは春のつむじ…

『ラジオ・デイズ』で、日本人が懐かしいなぁと思うのは、ちょっと変かも。

ウディ・アレンは、いかにもニューヨーカーらしい小洒落たコメディ映画をいくつも撮っているが、1935年生まれだから、もう80前の爺さんだ。1965年製作の『何かいいことないか子猫ちゃん』とか『ボギー!俺も男だ』などの初期の作品以来、随分ご無…

『眺めのいい部屋』は、眺めているだけで、20世紀初頭のイギリス上流階級が分かったような気になる。

冒頭、フィレンツェに旅行したイギリス上流階級のお嬢様であらせられるルーシーとその付き添い役の叔母さんが、とあるペンションの部屋の窓を開けたら、裏道しか見えなかったというところから、映画が始まった。この「眺めのよくない部屋」の意味は、20世…

『アダプテーション。』で最もインパクトがあったのは、車の衝突シーンだ。

この映画を観る前に、『マルコビッチの穴』を観ておいた方がいいかも?何しろ、監督、脚本とも、同じコンビの作品というだけでなく、その脚本家本人がモデルの映画だった。ハリウッドの映画界の内幕ものというジャンルは昔からあったように思うが、この映画…

『ゴスフォード・パーク』は、「プロはきちんと先を読んで手を打つ」という発言に感心した。

群衆劇というらしいが、登場人物が大勢出て来て、しかも、誰が主役ということもないから、どいつがどいつや、あいつがそいつか、こいつはだれや?と役者の顔とその役柄を把握するのに手間取った。唯一マギー・スミスだけは、すぐにアイデンティファイ出来た…

『タイタンズを忘れない』は、観た後でどんな映画だったかすぐに忘れてしまいそうだった。

『タイタンズを忘れない』というタイトルなんだが、観た後でどんな映画だったかすぐに忘れてしまいそうだった。ま、どうってことのない映画だけれど、ちょっと地味すぎる。確かに、実話に基づく映画だから、そんなに無茶な展開はあり得ないのだろうが、あま…

『遠い空の向こうに』は、アメリカ人の底力というか、アメリカン・ドリームの典型を見せられた気がした。

アメリカ人の底力というか、アメリカン・ドリームが実現した典型を見せられた気がした。ひと昔前の日本でも、自分の所属しているど田舎の町や村から脱出したいと思ったなら、都会の大学に合格するのが一つの手段だったが、1957年ごろの、ジョン・デンバ…

『我輩はカモである』は、70年前のギャグが全く古なっていなかった。

この映画を観るまで、マルクス・ブラザースが、元々4人組だったとは知らなかった。これまで観た彼らの映画は、MGMに移籍してからの『マルクスの二丁拳銃』だけだった。あの映画もかなり笑えるスラップスティック・コメディだったが、この映画は、はるか…

『ボウリング・フォー・コロンバイン』は、アメリカの銃社会の問題を真正面から取り上げた力作だった。

ドキュメンタリー映画監督というと、その昔『世界残酷物語』なんかの一連のいかがわしい実録もの(?)で有名だったヤコペッティくらいしか思い浮かばなかったが、マイケル・ムーアが出てきてからは、すっかりドキュメンタリー映画の大看板になってしまった。…

『地下鉄のザジ』は、喜劇として芯になる喜劇役者がいないから、全然笑えなかった。

一応スラップスティック・コメディということになっているが、全然笑えなかった。思うに、ルイ・マルという監督には、お客を笑わせてやろうというサービス精神も、笑いのツボを的確に押さえるコメディ・センスも、皆無なんだ。端から客が腹を抱えて笑うよう…

『ミステリー・トレイン』は、はずしがうまいというか、盛り下がるというか。

1989年の製作だから26年前の映画か。それにしてもメンフィスの町は、今はどうなのか知らないが、この時代は随分寂れていた。まぁ、アメリカの地方都市は大体あんな感じだ(といっても半世紀前のカンザスシティしか知らないのだが)。ダウンタウンにはビ…

『アバウト・シュミット』は、アメリカ人の枯れた演技というのは、こんな感じなんだと思った。

65才で定年退職したジャック・ニコルソンのシュミットの親爺さんは、さあ、余生は嫁さんと何をして暮らそうかと、考えていた矢先に、嫁さんに急逝されて、男やもめになってしまった。普通はこういう展開になったら、はちゃめちゃな親爺の冒険譚が始まるの…