『北京ヴァイオリン』は、誰にも感情移入できないまま、ラストにたどり着いてしまった。

貧乏父さんのリウ・ペイチーが、ヴァイオリン抱えて生まれてきたような天才少年の息子を「何とかして一流のヴァイオリニストにしたりたい。いい音楽の先生をつけて中国音楽界に華々しくデビューさせたりたい」と、一念発起して息子共々北京にやって来るが、そこで出会った謎のおねぇさんやら、猫好きでだらしない生活態度だったのが、次第にこざっぱりしてくる音楽教師やらとの奇妙な交流を通じて、少年がヴァイオリニストとしての輝かしい成功を手に入れるまでの紆余曲折話だろうと勝手に思い込んで観ていたのだが、なんか変?音楽映画のはずだが、やたらと金にまつわるエピソードが出てくる。
 
ところで、◆◆ネタバレ注意◆◆この謎のおねぇさんは随分気っぷがよくて、「荷物を運んでくれたチップよ」と言っては、50元もくれる。しかし、いくらこの子が上手にヴァイオリンを弾くといっても、流しの演歌師じゃないんだから、「部屋に来て1曲弾いて」なんて頼んだりするだろうか?大体、あんた、どんな仕事してるんだ?
 
何故この子はこのおねぇさんにあんなにつきまとうのだ?死んだ母親の代わりにしたら、若すぎるし、ケバすぎるし、色っぽすぎる。それに、大事なヴァイオリンを売り払ってまで、おねぇさんを喜ばせてやろうというのは、どういうこと?色気づくのはまだ早い。◆◆解除◆◆
 
現代中国映画は、背景になってる社会情勢がいまいちよく分からないので、どうもしっくり来ない。中国国民の平均年収は3.6万元弱(2004年)。上海や北京では4万5千元から4万7千元くらいらしい。為替レートは1元が約13円(2004年)。これを踏まえて、売ったヴァイオリンの代金2万7千元は351,000円、地道に暮らしている中国国民の平均年収の6割から7割にも相当する。確かにコートくらいは十分買える金額だが、子供がそんな大金を持っていたら、しかも、女もののゴージャスなコートを買いたいと言って来たら、服屋の店員も「ちょっと待って、このお金は誰からもらったの?」と問い質すくらいはしなければおかしい。楽器屋のおやじさんも、ヴァイオリンを買いとる前に、親に確認くらいしろよ。
 
ユダヤ人、アラブ人と並んで、中国人いうと商売上手の印象があるが、言い換えると、がめつい、金がからむとずる賢い、といった悪印象もないことはない。 中国では、音楽家として成功しようと思ったら、そこいら中に金をばらまかな糸いけないみたいだ。地獄の沙汰も、社会主義も金次第と言ったら、なんだかお寒い話だ。改革開放政策でそうなったのか、もともとそうだったのか、中国人の金銭感覚の一面を見た気がした。
 
中国人は葬式の時に、故人があの世でも金に不自由しないようにと、お金を燃やすそうだが、拝金主義というか、金がないのは首がないのと一緒という、徹底した金本位の人生観みたいだ。その点、武士は食わねど高楊枝と言って、「金が仇のこの世の中だが、人にゃあ金より大事なもんがあるんだぜ」と武士でもないのにやせ我慢してみたりするのが日本人の美風(?)だったはずだが、最近は少々様子が変わってきたみたいだ。
 
マネーゲームに精を出す若い衆がいる一方で、経済活動からすっぽり抜け落ちてしまうニートもいたりして、金を稼ぐこと以外に何かしたいことがあるかというと何にもないみたいだ。やはり、子供はさっさと家から追い出した方がいい。「子供より 親が大事」「いつまでも あると思うな 親と金」「男なら 引きこもりより 野垂れ死に」だ。
 
この前に観た『シャイン』の父親は厳格すぎて、デリケートな息子は神経をいわしてしまったが、◆◆ネタバレ注意◆◆この父親はどちらかというとゆるゆる系だ。いい歳をした親爺が野球帽の前後を逆にして、アミダに被ったりするなよ。しかし、まぁ、決してちゃらんぽらんというワケではない。必死で息子のレッスン料を稼ごうとする。料理人としての腕はそこそこあるのだが、ピザの宅配みたいな仕事にしか就けない。しかし、この親爺、他人からの施しは決して受け取ろうとしない。妙にお金には潔癖なんだ。ま、それだから、金を払らっただけのことは先生にもしてもらわなければということで、いまいちうだつの上がらなかった最初の先生に愛想を尽かして、さっさと別の先生に乗り換えようとしたのか。 
 
しかし、父親の先生探しのやり方も、結構出たとこ勝負っぽかった。2回ともトイレで情報集めたんだから。◆◆解除◆◆そもそも、この息子は最初に誰からヴァイオリンを習らったのか?田舎の学校の音楽の先生では、あのレベルになるまでの指導はできないだろう。独学であんなにうまく弾けるようになるだろうか?レッスン用のビデオを観ていた風でもないし・・・。
 
◆◆ネタバレ注意◆◆そう単純なストーリーではないものの、感情の起伏を抑えた演出と落語家の小朝師匠似の息子が無表情なもので、淡々と話が進んでいったきらいがある。途中で、ところどころ観客の感情を揺さぶる小技は利かしてあったが、とうとう誰にも感情移入できないままでラストにたどり着いてしまった。ラストも泣けなかった。確かに、2番目の先生もちょっと汚い手を使ったかもしれないが、せっかくチャンスくれたのに、袖にしてどうするの。あの子のヴァイオリニストとしての将来はどうなるんだ?田舎のヴァイオリンの上手なおっちゃんで一生終わるのか?それとも、また、新しい先生見つけるために、父親がトイレで張り込むのか?◆解除◆
 
チェン・カイコーは『覇王別姫~さらば、我が愛』のような堂々たる人間ドラマを撮った監督なんだから、もう少し父親と息子の確執の部分を出したりしても、よかったんじゃないのか?
 
どうでもいいことをもっともらしく、単純なことをややこしく論じる気のない、私に言わせてもらえば、『何が言いたい、歯がいたい』だった。
 
英語版のタイトルが『Togather』というところをみると、やはり、この監督は「家族は一緒が一番」主義者なんだろか? 
 
北京ヴァイオリン Together (2002) 中国  
出演:タン・ユン 、リウ・ペイチー 、ワン・チーウェン 、チェン・ホン 、チェン・カイコー