『ミスティック・リバー』は、登場人物の心の襞をよく表現できていたと思う。さすがは東森監督だ。

11才で誘拐されて4日間も監禁、陵辱されたら、誰だってトラウマになる。しかし、デイブは監禁場所から自力で脱出し、高校では野球のスター選手になったくらいだから、かなり強い意志と行動力を持った少年だったように思われる。しかるに、高校卒業後は、ボストンの街から外の世界に出ることもなく、ひたすら地味に暮らしていた。遅めの結婚だったが、一人息子がいる。
 
一方、ジミーの方は、高卒後すぐに結婚。さらに、悪の仲間のチクリで、2年間のムショ暮らしを強いられ、入所中に妻を病気で亡くし、ひとり娘を連れ子に再婚。さらにふたり娘をもうけ、雑貨屋の経営者として、それなりに暮らしている。嫁さんはデイブの嫁さんといとこ同士だ。
 
3人目のショーンは大卒だ。地元警察の刑事となって、連日連夜、ムショの出入りを繰り返す類の犯罪者の逮捕に向けて身を粉にして働いている。妻との間にビミョーな夫婦の問題があったらしく、妻が家を出てしまっている。しかし、その妻から定期的に無言電話がかかってくるという、第三者にはちょっと理解しがたい状況だ。
 
この3人の身の上に降りかかる悲劇(ショーンは当事者ではないが)というのが、ジミーの19才になる長女の不慮の死が発端だ。彼女は銃で撃たれ、顔面を撲打されるというかわいそうな姿で発見された。しかし、レイプはされていなかった。つまり性犯罪の犠牲者ではないということだ。
 
◆◆ネタバレ注意◆◆ここでもうひとり謎の男が登場する(といっても画面には登場しない。その男は15年前に失踪していて行方知れずだが、この事件にどこかで関係がありそうなんだ。しかも、その男の息子が、殺された娘の恋人で、ふたりは駆け落ちする寸前だった。また、この恋人の弟は聴覚障害者だ。◆解除◆
 
何故人間関係を整理し直したかというと、この映画はミステリーものだが、犯人探しがテーマではない。テーマはもっと深いところに沈んでいる。父親の盲目の愛、911以降、アメリカのトラウマになってしまった直接的報復、アメリカ社会に巣くう病根でもある銃。さらに、夫婦関係、児童買春と社会派テーマのてんこ盛りだ。
 
なかでも、3人の妻たちの行動がそれぞれに印象的だった。デイブの妻は夫や息子を愛していながら、夫への疑惑を募らせ、ジミーの妻は家族の幸福を盾に夫の良心の呵責に蓋をしてしまう。ショーンの妻の行動は、この映画を観ただけではいまいちワケ分からない。原作の小説では、もう少し合理的な説明があるのかもしれないが・・・。
 
さて、この映画、特撮もCGもなんにも使ってない(空撮はちょこっとあったが)。それでも十分に映画は作れることを実証した(当たり前だが)。監督のクリント・イーストウッドにしても、ティム・ロビンスにしても、社会的なテーマを中心に据えた作品が得意フィールドだ。ショー・ペンのキレた男の怪演は『デッドマン・ウォーキング』でおなじみだが、この映画でも、アカデミー賞主演男優賞を取っただけのことはあった。
 
ケビン・ベーコンは、どの俳優でも共演した俳優をたどっていくと、いつかはケビン・ベーコンにたどりつく「Six Degrees of Kevin Bacon」という法則があるそうで、俳優の名前を入力すると何人目でケビン・ベーコンにたどりつくかが分かる「Kevin Bacon game」というサイトもあったらしい。今もあるのか知らない。
 
そもそも、◆◆ネタバレ注意◆◆デイブ少年を拉致したのが警官を騙った2人組だったのだから、あの時点で警察はもっとまじめに捜査して犯人を早期逮捕すべきだった。それから、謎の男の失踪事件についても、まともに捜査しなかったのだろう。◆解除◆以前駐車場で車を盗まれたときも、空き巣に入られたときも、警察は事情聴取をしただけで、ほとんどなんにもしてくれなかった。もちろん犯人も捕まらなかった。
 
こういう何人もの登場人物が、時間と空間の両面で複雑に絡み合った(ある意味では、ややこしくすることが目的で)シチュエーションの話を、説明くさくなく表現するのは難しいとは思うが、筋を追っかけるだけの展開ではなく、登場人物の心の襞をよく表現できていたと思う。さすがは東森監督だ。
 
ミスティック・リバー(2003)アメリカ MYSTIC RIVER