『華氏911』の有名なブッシュの7分間のシーンは、確かに圧巻だった。

911の悲劇は、アメリカ人にとって正に青天の霹靂「一体、何が起こったんだ!?」状態だったろうから、アメリカ中が総愛国主義者になって、一時は国中星条旗だらけになってしまったのも仕方がない。愛国心の高揚のために、あらゆる場面で国家が歌われ、国旗が掲揚されるお国柄だが、国旗の出現頻度が半端じゃなく多くなった。
 
その後のアフガニスタンでのアルカイダへの攻撃というか、ビン・ラーディン狩りのコンセンサスも、当時のアメリカでなら、比較的容易に得られたのも無理はない。ま、ビン・ラーディンは、パキスタンで殺されたから、アフガニスタンへの攻撃は、結局見当違いだったのかもしれないが・・・。
 
ところが、イラクフセイン政権への武力攻撃が始まると、事情がビミョーに変わってきた。バクダッド陥落までは割りにトントン拍子で事が運んだが、バクダッドが陥落した後は泥沼化した。フセイン・ファミリーによる独裁政治は相当ひどかったようだが、アメリカが開戦の大義名分にしていた大量破壊兵器が見つからなかったものだから、アメリカ軍のイメージは、正義感の強い世界の警察官から腹黒い悪徳警官になってしまった。『トレーニング デー』のデンゼル・ワシントンみたいな感じだ。
 
陥落直前までイラクのスポークスマンをやっていたぎょろ目の親爺は、その後アメリカ軍に捕まったそうだが、すぐに釈放されたらしい。この一件を聞いて、「何でやねん?」と思った。あの親爺はフセイン政権の中枢にいたんじゃないのか?指名手配のトランプに入ってなかったのか?残りのカードに載っていた連中はどうなったんだ?
 
開戦当初から、何かおかしいんじゃないかと薄々感じていたのは、私一人ではないだろう。イラク兵は組織的な抵抗をほとんど見せなかった。普通の軍隊だったら、もう少し抵抗するんじゃないか。あの国の兵隊は、フセインの圧政によっぽど嫌気さしていて、アメリカ軍を歓迎しているのかとも思ったが、どうもそうでもない。フセインが捕まっても、国民が拍手喝采して喜んでいる風でもなかった。
 
そのうち、ザルカウィ率いる、めちゃめちゃ強硬な武装勢力が、アメリカだけじゃなくて、世界中を敵に回してゲリラ戦を挑んで来た。何しろ自爆テロが得意技なんだから、相手の土俵で相撲をとっているアメリカにしたら、ゲリラ戦は一番恐れていたことだ。しかも、フセイン政権の残党というより、アルカイダ系の反米イスラム原理主義グループが相手だから、始末が悪かった。2006年6月7日、ザルカウィバグダード65キロ北方のバアクーバ近郊で、アメリカ軍の爆撃により死亡したらしい。
 
もともと「イラクは近代国家とは言えない」と言われていた。アリババと40人の盗賊の伝統がある歴史的無法地帯なんだから、フセインの締め付けがなくなった途端、勝手気ままに動く輩が増るのは仕方がない。フセインが重しをかけてフタをしていたパンドラの箱の蓋を開けてしまったら、なんでもありの混沌の極み、無政府状態になってしまった。そりゃあ、ブッシュもこんなはずじゃなかったと思っただろうが、今更後へ引けない。無鉄砲な日本人のおにいちゃんが斬首されても、どこに抗議の矛先を持っていったらいいのか、日本政府も平和運動家の連中もワケが分からない状態だったのではないだろうか?あの最初に人質になって解放された日本人のお気楽3人組も、この映画にちらっと出てきたが、なんとも珍妙な連中だった。 
 
この映画では、ブッシュとビン・ラディン・ファミリーの裏のつながり(?)を執ように暴こうとしていたが、明々白々な証拠は出せず仕舞いだった。それと、テキサスの石油資本家の思惑も、当時のイラク情勢では、的確な手を打てないままだっただろう。「難儀なことだ」と嘆いてみても、何の解決にもならないから、無力感だけがいや増してきた。このイラク戦争を当時のアメリカ人がどう考えていたのか?マイケル・ムーアらしさが鮮明に出たのは、上院議員への突撃『あんたの息子をイラクに出征させませんか?」アンケートだ。事実、上院議員の子弟でイラクに派遣されている軍関係者は1人しかいないようだった。
 
多分、アメリカ兵の大半は、プアホワイトやマイノリティやアフリカ系アメリカ人なんだろう。愛国心で志願した兵隊も何人かはいるかも知れないが、大抵は給料をもらえて、なにかの資格がとれるから入隊するように思われる。そんな若い子が、突然イラクに放り込まれて、死と隣り合わせの毎日が続いたら、そりゃあ、かなりパニックになる。戦争遂行の崇高な目的が分からないようになってきているから、尚更だったろう。ベトナム戦争後のアメリカでは、帰還兵の社会への不適応やら、PTSDやら、麻薬依存やら、社会問題が深刻だったらしいが、このイラク戦争でも、いろんな社会問題抱え込むことになった。
 
有名なブッシュの7分間のシーンは、確かに圧巻だった。あのときブッシュは何を考え、何に怯えていたのだろう?どう見ても、怯えている顔だった。得意の読心術で、あのときのブッシュの腹の中を、独断と偏見で再現したやろうかと思ったが、やめたおこう。政治に関わると、ろくなことがない。
 
それにしても、現在のISの幹部はフセイン時代のイラク軍の残党らしいが、今になってみると、フセインの独裁体制をぶっ潰したことが、よかったのか、悪かったのか・・・?
 
華氏911 FAHRENHEIT911(2004)アメリカ