『ガープの世界』は、いたってノーマルな男が蒙ったとんでもない悲劇だ。

何はともかく、昨年亡くなった故ロビン・ウィリアムズ氏の冥福を祈って、黙祷。希代のコメディー役者が、私生活では、「『禁酒状態でうつ病と初期のパーキンソン病と闘っており、パーキンソン病について公表する準備ができていなかった』と奥さんが告白している。うつ病パーキンソン病患者に多く見られる症状で、この告白によって自殺前の状態の解明につながるとの見方もある(NAVERまとめ)」ということなのだが、彼が重度の鬱病患者だったことを知らなかった。
 
原作はジョン・アービングのベストセラー小説。監督は『スティング』のジョージ・ロイ・ヒル。面白くないはずがないが、ホント、とんでもなくよくできた映画だった。
 
ひとりの少し空想癖はあるが、いたってノーマルな男が蒙ったとんでもない悲劇だ。主人公は数奇な生まれ方、かなり極端な母親に育てられた割には心身ともにノーマルだったが、まわりの女たちがいけません。母親をはじめ嫁も幼なじみも、どいつもこいつも。
 
アメリカで性の解放が叫ばれる少し前の時代が背景だが、確かにアメリカ人の男たちは肉欲の塊で、そんな男たちと性的な関係を持ちたくない(持てない)と考える女たちが増えるのも無理はないようにも思えるが、何事にもYES or NOと黒白をつけたがるアメリカ人のパーソナリティが、この映画でも深刻な事態を引き起こす原因になっている。もう一つのアメリカ社会の病根である銃社会と暗殺の伝統(?)も。 
 
オープニングは、ビートルズのポールマッカートニーが歌う「When I' m sixty four」をバックに赤ん坊が宙を舞ってるシーンだ。◆◆ネタバレ注意◆◆画面が変わって、その赤ん坊を抱いた若い女と初老の夫婦が大声で話してるのだが、どうも若い女は夫婦の娘らしく、私生児を産んだようだ。なんと、彼女は看護婦で看病してた瀕死の兵隊をレイプ(死にかけてるのになぜか常に勃起していたその患者にまたがった)して妊娠したと言うのだ。肉欲の塊でしかない男という生き物との通常の過程を経ずして子どもが欲しかったからだと宣わく。う~ん。なんとなく納得はしたけれど、とんでもない話やんかいさ。
 
この後、主人公のT.S.ガープが成長して行く過程が描かれ、いよいよロビン・ウィリアムズの登場だ。10代後半の学生にしては、ちょっと老けすぎの感じがしたが、ま、いいか。さらに、とんでもないことが起こる。なんとガープが作家志望だと分かると、学校の看護婦として住み込んでいる母親まで、自分も物書きになると言い出す。しかも、二人ともニューヨークに出てくるのだ。
 
そこで、母親の方が書いた「Sexual Suspect」という長編の自伝を出版社に持ち込んだところ、本が出版されて大反響。一躍ウーマンリブ運動の思想的リーダーになってしまった。このあたりまでは、ふむふむという感じだったが、母親の家(大西洋を望む砂浜の海岸沿いに建っていて、星条旗が翻っているお屋敷)に集まる舌を自分で切ってしまうというけ奇怪な運動家の女たちやら、元アメリカンフットボール選手のおかまやら、元ニューヨークのストリートガールやらが続々登場して、不思議な世界が現出する。
 
どうもここは男社会に絶望したり、男に拒絶反応を起こしたりする女たちのコロニーのようなんだ。この後、主人公が結婚して男の子をもうけ、結構順風満帆な家庭生活が描かれていたのだが、好事魔多しの喩え通り、妻の不倫とその後の珍惨事、さらなる悲劇、たび重なる悲劇と、とんでもない方向に事態がエスカレートしていく。◆解除◆
 
多分ロビン・ウイリアムズのやわらかな笑顔と丸みを帯びた体つきによるところが大きいのだろうが、映画を観た後に、不思議に後味のさわやかさがあった。かなり深刻な事態もさらっと描かれているので、陰々滅々とした感じはしない。 
 
ロビン・ウイリアムズは、この作品が出世作だ。この後も「グッドモーニング・ベトナム」「いまを生きる」「レナ-ドの朝」「フィッシャー・キング」「ミセス・ダウト」「ジュマンジ」「バードケージ」「グッド・ウィル・ハンティング」「パッチ・アダムス」「アンドリュー」など、結構贔屓にしている俳優だが、なぜかこの映画は見逃していた。いやはや、とんでもないけれど、いい映画だった。母親役のグレン・クローズも、おかま役のジョン・リスゴーもよかった。
 
最後にこの映画も邦題がちょっとおかしいんじゃないか。『ガープの世界』じゃなく、『ガープにとっての世界』でしょ。
 
ガープの世界 THE WORLD ACCORDING TO GARP(1982)アメリカ
主演:ロビン・ウィリアムズ、メアリー・ベス・ハート、グレン・クロース、ジョン・リスゴー