『HERO 英雄』は、整然と行進する軍隊が、なんとなく格好よく見えるのが、コワい気もする。

なんと言うか、空中サーカスみたいな映画だった。刺客とのバトルシーンしか見所はない。なかでも、水上のバトルシーンは秀逸だった。『グリーン・デスティニー』の竹林のバトルシーンといい勝負だ。衣装が原色で、カラフルなんだが、東洋的な色調というか、全体にシックな色味なので、あまりけばけばしい感じはしなかった。シーンごとに、画面全体の色味やら俳優の衣装の色やらがころっと変わるというのは、アマチュアの実験映画みたいだった。 
 
しかし、まぁ、こういう映画は、映像美とスケール感を愉しむものだから、DVDには向かなかった。いくら音は5.1チャンネルサラウンドでも、32インチの小さな画面では、ワイヤーアクションも、雲霞の如き秦の軍勢も、降り注ぐ矢衾も、いささか迫力不足だった。
 
◆◆ネタバレ注意◆◆迫力不足は措いておいて、大体この映画、主人公の無名(名前が無名)がウソばかりつく。「講釈師見てきたようなウソをつき」そのものの、でっち上げ話を秦の始皇帝相手にするのだが、始皇帝も騙されていると半分くらいは感づいていて、いつまでも法螺話に付き合っていたのは何故なんだ?秦の始皇帝といえば、血も涙もない専制君主として知られているが、この映画の始皇帝は、物わかりがよさそうな親爺だった。だいたい、この親爺、やりたい放題していたわりに、在位していたのはたったの11年。しかも、没後わずか4年で、秦は滅亡する。奢れる者久しからず。 ◆解除◆
 
風風風とか大風大風大風とかの鬨の声が、秦の軍隊の不気味な感じをうまく演出していた。それに、整然と行進する軍隊が、なんとなく格好よく見えるのも、コワい気がする。人間というのは、個人だといい人も多いが、団体になると訳の分からない不気味な存在になる。軍隊というのは、個人の事情が徹底して排除される団体だから、正に組織の論理オンリー。上官の命令には絶対服従、敵前逃亡は即銃殺の世界だ。ところが、軍隊式を美化する輩が結構多い。
 
ところで、◆◆ネタバレ注意◆◆門にビッシリ刺さっていた矢が、無名の人形(ひとがた)の部分だけ刺さっていなかったのは、何故?あんなに威力のある矢が、カラダを刺し貫かなかったというのもおかしいんじゃないのか?ま、この映画は様式美映画だから、リアリズムを追求する必要はないけれど・・・。『マトリックス・リローデッド』で、弾を避けるシーンほどの噴飯ものではなかったが、雨霰と飛んでくる矢を刀で払い落とすシーンで、あんなにひらひらした衣装は向かないだろう。◆解除◆
 
それにしても、兵馬俑だけは死ぬ前にこの目でしっかと見ておきたい。人類が作ったモノは地球上にいろいろ残っているが、一番感心したというか驚いたのが、この兵馬俑だ。万里の長城もピラミッドもマチュピチュ遺跡もアンコールワットもサンピエトロ寺院も故宮もサクラダファミリアも東大寺大仏殿も第7サティアンも建築物系はそんなに驚かない。権力者や宗教団体が建築に凝り倒すのは、分からないことではない。広壮な建築群も時間をかければできる。しかし、兵隊やら軍馬やらのレプリカを原寸大でそっくり作ったというのは、荒唐無稽の産物というか、想像力の発露の方向が普通じゃない。歴史的とんでもグッズとしか言いようがない。
 
HERO 英雄(2002)香港・中国 HERO